幼いころから「ドラえもん」が好きで好きで、とうとう『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団』を上梓した作家、瀬名秀明のドラ愛溢れるインタビュー、いよいよ最終回! 
part1part2から続けてどうぞ

――ロボットといえば、リルルは物語の鍵を握っているキャラクターですね。

瀬名 今回の新作映画はリルルが最初から人間っぽいんですよ。
つまり異文化交流の話なんですね、ロボットと人間の葛藤というよりは。リリルもピッポも、思いやりの心のタネはもともと持っている。

――そうでしたね。

瀬名 今回の映画はそれでとても成功したと思うんです。思いやりの心って年齢によって育んでいくものだから、それぞれの年齢にあった思いやりの心ってあると思うのね。映画は幅広い年齢層が見るものだから、友達同士の共感を基盤にした思いやりの心に焦点を当てるのは正解だと思う。
とくにピッポは一緒に泣いたり笑ったりできるキャラクターになっている。寺本幸代監督が本当に愛情を込めて、まず誰よりもピッポを好きになって描いたのがよくわかります。小説版は、14歳に対象年齢を設定したので、思いやりの心の発達過程を高めに設定したんです。社会性のある思いやりですね。スネ夫が「見張りロボットなら壊しておいて、なんで女の子のロボットは助けるんだ」って言う。あれは原作にはないところで、あえて言わせたセリフです。
そこで同情しちゃう気持ちは、たしかに人間の本能的な感情であるし、思いやりの一環ではあるけど、より大きな観点から見たときどうなのかと、スネ夫を通して読者に問いかけたわけですね。思いやりの心って、精神の発達とともに他者への感情移入の仕方がより複雑になっていく。ただかわいいから助けたい、自分と似ているから同情するというより、もっと文化とかそういうことを踏まえて、相手の立場とかも考えた上で、「自分と君とは違うけど、でも友達でしょう」って言う。人間はそういう社会性のある思いやりの心を育んでいける。それが神様からのギフト。今回の映画でもそこは見ている側の年齢に応じて伝わるようになっていますが、僕の小説ではそこをしっかりと書いて読者に伝えたかった。


――映画版のジャイアンっていつもすごくかっこいい設定になりますよね。瀬名さんのノベライズだと、単に勇敢なだけじゃなくて、リーダーシップをとる人物として描かれますよね。あの集団の中では、彼がリーダーとして毅然としていないと駄目なんだという自覚を持っているわけですよね。

瀬名 そうですね。それぞれ役割を自分の中で考えて行動し始めるんですね。あと、最後にうちに帰っていって、家族と会ってただいまって言うシーンを小説でやったんです。
多分アニメだとできない。あくまでも子供視点でいかなきゃいけないんだけど、14歳の読者は、大人の視点で相対的に読むこともできるはずだと。思いやりの心ってそういう相対的な視点に立ったときに、より深く発揮できる。のび太たちはこうだけど、パパやママはこう考えていたんだっていうところまで含めて、それぞれの思いやりの形を描きたかったんです。

――自分が手がけるなら『鉄人兵団』、と元から思っておられたというのは、なぜだったんでしょうか。

瀬名 最初に『鉄人兵団』を書きたかった理由は、たぶん一番ハードな作品だったからだと思うんですね。
藤子先生の中でも振り切れた感のある異色の作品です。自分の力をぶつける対象として、何か燃えられる感じがあるんじゃないかなと。藤子先生もエッセイで書かれてるんですけど、ドラえもんのシリーズにはひとつの大原則があって、どんなにすごい道具が出てきて、どんなにすごい事件が起きても、身の回りの世界にはほとんど影響を残さないと。でも長編ドラえもんの話を重ねていくうちに、たまにはのび太の町そのものを背景にした大事件を描いてみたくなったと。映画パンフレットの最初のページにも再掲されています。

――だから鏡の世界なんですね。


瀬名 そうですね。鏡の世界っていうのは小学館の編集者のアイディアを取り入れたものらしいです。『熱血!!コロコロ伝説』にそう書いてあった(笑)。当時、僕は非常に衝撃を受けました。藤子先生こんなところまで来ちゃったみたいな。『海底鬼岩城』で初めて世界の危機っていうのをやったわけですね。そして『魔界大冒険』『宇宙小戦争(リトル・スター・ウォーズ)』でどんどん話がでかくなっていって、悪者も強くなっていって、究極にきたのが『鉄人兵団』って感じですね。だからその後はもう敵がいない。『竜の騎士』は敵がいなくて天変地異になってしまった。そういう意味でも非常に印象深い作品だったのでパッと頭に浮かんだんでしょうね。

――実際に手がけられてどうだったでしょうか。

瀬名 映画のリメイクの方がどんなふうになるかというのは全然知らないで書いたんですけど、先日の前夜祭イベントで寺本監督と対談をしたときに、偶然にも似たところが出たねっていう話になりました。ひとつは歌をモチーフにしていることですね。

――あ、ノベライズと映画でそこの打ち合わせはなしですか。

瀬名 全然なしです。シナリオは一回拝読しましたが、努めて忘れるようにして書きました。シナリオからは今回こんなに劇中で歌が使われるとはまったくわからなかった。ピッポというキャラクターが出るってことは書いてあるけど。映画は、ピッポを観客になじませるために歌の力を使ってるんです。最初に見たときは驚きました。感情の動きやつなぎ方が、いわばミュージカルなんですね。

――そうですね。

瀬名 それに対して、小説ではゴスペルを使ったんです。要素としては同じ歌なんだけど、映画と小説がちょっと違うのは、寺本監督は友達同士の心を繋げるために歌を使ってるんですよ。ピッポとのび太くんとか、リルルとしずかちゃんとか。皆の心を繋げるための歌なんです。僕はロボットや人間たちと神様の心を繋げるために歌を使ってるんですよ。

――ああそうか、だからゴスペルなんですね。

瀬名 そこが違います。僕は最後に出てくる博士がすごく好きなんですけど、寺本監督はたぶん博士にあまり思い入れがない(笑)。やはり男が燃えるところと女性が燃えるところは違うんですよ。一番違うのは、のび太くんがしずかちゃんを助けに行くシーン。ロボットがしずかちゃんの家を襲ってきて、のび太くんが空気砲で倒して抱き合うシーンがありますよね。寺本監督はサラッと流しているんです。男が思ってるほど女性の心にあの場面は刺さってなかったっていうのが判って、ちょっと意外だったんですけど。

――そうなんだ(笑)。

瀬名 僕の方は、そこを大切だと考えたので真剣に書きました。だから最後にメカトピアに行ったしずかちゃんと鏡面世界で戦うのび太くんをつなぐフックになるんです。でも寺本監督は、その場面でリルルとピッポをシンクロナイズさせているんですね。思い入れがかなり違う。

――おもしろいですね。

瀬名 ポイントが全然違いますよね。あと今回やってみてどうだったかっていうと、とにかく漫画の呼吸というかね、それをどう文章にしていくかというのが一番のポイントで、漫画をいつも机上に置いて、クリップではさんで、パソコンに一応DVDも入れて見ながら書いていたんですけど、藤子先生の漫画はコマの情報密度が高いので、無駄なコマがとにかくない。それを文章にするときに大事なのは、このコマからなぜ次のコマになったかという、その流れなんです。ここにのび太くんがいて、このコマにいったと。そうする心の動きがあるはずなので、そこをいかに文章にするか。非常に大変で、かつ面白かったところです。今回は総枚数も決まっていたのでそんなに書き込みはしなかったんですけど、毎日、原作のページを4~5ページ書くと決めて、藤子先生の呼吸にあわせるような感じで書きましたね。

――鉄人兵団が海外へ侵略に行く場面がありましたね。あのへんの流れは、特にコマの流れに忠実だと思いました。

瀬名 はい。コマに書いてあるものをそのまま書いてるでしょ。

――あと感心したのは9.11テロのイメージと、ザンダクロスが破壊したビルのイメージを重ね合わせる場面です。もともとの原作にすでに、暴力による破壊というイメージは含まれているんですよね。それを瀬名さんが解読されて、現在でこの恐怖を描くとしたら、9.11テロ以降の要素がないと不自然だろうと、そうお考えになったんだと思うんです。

瀬名 そうです。まさにそういうことですね。

――で、それを重ね合わせて原作と瀬名さんのイメージがダブルで入っている。そのへんの手続きはすごく苦労されたんだろうなと思いました。

瀬名 そうですね。14歳向けなのであんまり書き込まなかったんですけど、たとえばロボットの進化などは、いろいろ考えましたね。なんでロボットが昆虫型なのかとかね。アニメだったら「昆虫型です」でいいんだけど、小説でやると昆虫型だって言っちゃうとすごく違和感がある。だからメカトピアの星はもともと昆虫の楽園だったのだって設定にした。あれは僕のオリジナルで、すごく気に入ってるんだけどあんまり皆褒めてくれない(笑)。藤子先生ってああいうすごいネタをサラッと書くのが持ち味だと思うんです。例えば『アニマル惑星』でも行ってみたら連星だったとかね、あんなのを1コマだけで書いている。本当はすごいSFアイディアだと思うのに、サラッと「あ、そう」みたいに書かれる。あれが藤子テイストだと思うので僕も今回それをやってみました(笑)。

――藤子・F・不二雄遺伝子を受け継いでみたと。いやいや、本当におもしろいお話をありがとうございます。お時間をいただいて、感謝いたします。

瀬名 こんな話ばかりで大丈夫ですか?

――いえいえ。すごく密度の濃い話で楽しかったです!
(杉江松恋)

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