のどかな土曜の昼下がり。突然玄関のベルが鳴りました。
郵便や宅配の時間帯でもないのに、誰だろう。玄関口に応対に出た主人が、青ざめた顔で戻って来ました。
「交通警察だって。お前の車、追突されたって。すぐ外に出て来てくれって」

後日知った事故の経過は、次のようでした。私は普段、車を自宅付近の路上に合法駐車しています。この辺りの道幅は、二台の自家用車が難なくすれ違える程度ですが、路線バスも通るため、バスとのすれ違いにはやや神経を使います。

事故の日、車で買い物に向かう途中の86歳の女性ドライバーが、ここで路線バスとすれ違う場面に出くわしました。バスの動向に気を取られすぎたせいか、このドライバー、バスと反対側の路上に駐車中の私の車にドカンと追突。そのまま走り去ったというのです。
しかし有り難いことに、事故の目撃者がいました。他でもない、路線バスの運転手です。
走り去ろうとする車のナンバーを無線でバス会社に通報し、即座に交通警察の知るところとなったのです。

事故発生から数時間後、近所の国道を優雅に走行中に御用となった、この86歳の女性ドライバー。パトカーに停車を命ぜられた直後は、「事故など起こした覚えは無い」の一点張りだったそうですが、大破した自分の車のヘッドライトを見せられた途端、言葉を失ったとか。

ドイツで車に乗るようになって12年経ちますが、追突されること実に4回。3年に一度ドカンされている計算ですが、4度の事故のうち3回は、追突犯が80歳代のドイツ人女性ドライバー。これは単なる偶然なのでしょうか。

ところで、運転免許が終身有効のドイツでは、免許証の更新も身体検査等もゼロなので、とりわけ高齢者ドライバーの運転適正を疑問視する声は多々あります。
ある自治体では、高齢者ドライバーを「自主引退」させる特効薬として、「運転免許証を自治体に自主返還したドライバーには、市バスの年間フリーパスを無料進呈」というアイデアを発表し、高齢ドライバーの事故に憂慮する他都市からも注目を浴びています。過去半世紀にわたり、自ら運転席に座る心地よさだけを満喫してきたドライバーにとっては、「路線バスなんて面倒な……」という先入観が根強いものの、思い切ってこの制度を利用してみた「元ドライバー」によると「バスも案外快適なもの」と、評判上々だとか。

ドイツ人らしい斬新なアイデアである、「運転免許証と年間フリーパスの交換制度」。交通安全と地球環境のために、そして、私の車が、また3年後に追突ドカンされないためにも、ますます普及していってほしい制度です。
(柴山香)
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