タイトルからしてすごいですよ。
「女の子がどこからかぼくの所にやってきて」というのはラブコメにおいて王道中の王道、ですが、まさかその女の子が自分の黒歴史からやってくるなんてね!
これはニヤけるよりも先に、背筋が寒くなりますわ。
主人公の葉村裕里は、冴えない文芸部員の少年。
王道ですね。どこにでもいそうです。
文芸部にはフーコ先輩という意中の少女がいて、これがまた超美人で、ちょと天然でテンポのずれたクールビューティー。いわゆるクーデレ(クールなんだけどデレるとかわいい子のこと)。
王道ですね。めちゃくちゃかわいいです。
葉村君は片思いに悶絶しているんですが、彼には一つ秘密がありました。それは「ミチル」という一人の架空の少女キャラクターを5歳の時から10年間、ノートに描き続けてきたということ。
王道じゃないですね。
そして、葉村君とフーコ先輩がいい感じの雰囲気になったと思った瞬間、ミチルは人間になってしまいました。
思いっきり軌道を逸れましたね。
これ、好きな女の子がいなかったら嬉しいはずですよ。
似た様な設定だと、赤松健の「A・Iが止まらない!」という作品で、プログラミングが得意な少年が人口知能の少女を作って会話していたところ、それが実体化して……なんてのがありますが、こちらはまだ現在進行形で作ったものだし、他に相手がいないから「むしろ嬉しい」ですよ。
ところが、好きな女の子がいる上に過去に作ったものとなると……こいつはやっかい。最悪のタイミングすぎる。
この作品はつまり黒歴史をほじくりかえす作品なんです。
思い出してみてください。
ノートとかに幼い頃、設定作ったことありませんか。
よくあるのは「ぼくの考えた超人」や「俺ガンダム」かもしれません。絶対ねえよ! っていう設定を詰め込んで、天文学的数字を能力値にして「ちょう強い」状態になってたりしたことないですか。
あるいはキャラクター作って、コマンド入力と必殺技を書いたりとか。しかも技名がちょっと中二病チック。「堕天使のなんとか」とか。「地獄のなんとか」とか。OH。
まあこのへんはまだ笑って話せます。「こんなの書いたことあってさー」と。
でも理想の女の子(女性の場合は理想の男性)設定は、見せられない。
ようするに過去の自分の好みの集大成なわけですよ、性格・容姿・名前・スリーサイズなどなど。
それを人に見せるなんて、言わば裸の過去の写真を見せるに等しい!
まして、異性がどんなものか分からないで作っているわけで、自分のためにしか描いていない、人に見せるつもりのないものです。
自分と彼女の恋愛物語妄想をメモしていたら顔から火を吹きますね。
「(笑)」とか「(爆)」とか、自分だけしか見ないノートに書いていたら、顔が爆発しますね。
葉村君、やっちゃってますそれ。
転校続きで友達ができなかったため、5歳の時から理想の女の子「ミチル」を妄想してはらくがきしていました。設定ノートの冊数は実に99冊。
「左手くすり指のツメだけのびるのが早い」とかどうでもいい設定まで作られています。まあねえ、脳内マイワイフですもんね。
これが実体化する、イコール、自分の恥ずかしい妄想が白日のもと晒されるということです。
それもよりによって、好きな人の目の前で。
最近のだけならいいですよ。5歳の時からの設定なので、トンデモなのも混じっています。
目からビームが撃てる、とか。
「黒歴史を隠せない」というのがこんなにも恐ろしいことだとは……。
本作、非常に凝っているのは「黒歴史がそのまま実体化する」だけではなく、「書かれていないことはすべて反映されていない」という逆説を反映させていることです。
つまり、ミチルは書かれていることは行うけれども(例・裸エプロンで料理するなど)、書かれていないことの知識や倫理が一切欠けています。
なので、人殺しもいとわない恋愛マシーンになってしまうのです。
ああ……これから「理想の女の子」を作る人は「命を大切にする」設定を加えないといけません。
フーコ先輩との純粋なラブコメを軸に、黒歴史な自分ヒロインが強襲してくる。
現実よりも二次元がいい! というよくある話を逆手にとった、逆転の発想の連続。
大抵の場合、ラブコメの主人公ってなんかうらやましいんですが、葉村がうらやましくないからすごいです。
架空の理想のヒロインミチルを選ぶのか、現実の女の子フーコ先輩を選ぶのか……というか、生き延びられるのか。
しっかし、ミチルが動くたびに変な汗がでますね。
……書いてないよ?
ぼくの机の奥に中学生の頃描いた、ショートカットでキュロットスカートはいた女の子の絵とか入ってないよ?
ほんとだよ?
(たまごまご)