
優しかったさつきが恐ろしいまでに変貌
先週2月16日放送の第5話では、ある人物が文吾を救うため証人として名乗り出た。事件の起こった宮城県音臼村のメッキ工場に勤めていた松尾(旧姓・佐々木)紀子(芦名星)だ。
一方、紀子も証言を申し出たものの、家族の反対を受け、それができなくなったと心に伝える。その後文吾とも面会して力になれなかったことを謝罪した。しかし何としてでも父を救いたい心は、紀子に証言してくれるよう懇願するべく、彼女の自宅前まで赴き、出てくるのを待ち続ける。
紀子はそんな心の執念に折れて、後日、ついに彼にすべてを話すと連絡する。さつきも鈴を介してそれを知ると、彼女を連れて紀子の家へ向かう。先に到着したのは心で、遅れて鈴が現れた。二人がそろったところで紀子は、音臼村で無差別殺人の前に起こった女児誘拐事件について真相を語り出す。
心は鈴に病院まで付き添ったのち、再び紀子の家の前に戻ると、警察や救急車が出動して騒然となっていた。ここで合流した週刊誌記者の由紀(上野樹里)によれば、何と紀子が殺されたという。家からはなぜかさつきが救急隊員に担架に乗せられて出てきた。心と鈴が出ていくのを見計らい、紀子宅を手製のようかんを土産に訪ねたさつきは、自らの危険も顧みず、紀子の口を封じたのだ。その方法が劇中では一切描かれなかったのが不気味さを掻き立てる。
それにしても、さつきはなぜここまで躍起になって文吾の冤罪が晴らされるのを止めようとしているのか。文吾とは別に真犯人がいるのなら正体がわかったほうが、みきおのためにもいいはずだが……。それとも、彼女の行動も鈴や長谷川と同じく誰かに脅されてのものなのだろうか。31年前は優しそうな村の教師だったさつきが、これほどまでに変貌してしまったのには、きっと何かあるに違いない。そもそもさつきはなぜ、事件後、みきおを引き取ったのか、これについても謎が残る。
そんなさつきを演じる麻生祐未がまた怖いこと。ドラマのキャストのなかでも原作のキャラクターに一番寄せているように思う。嫁の鈴の正体を突き止め、「佐野鈴ちゃん」と彼女の旧名を口にしては脅しながら紀子の口封じに加担させる(鈴は身重だというのに……)彼女の言動には、鬼姑にサイコパスを掛け合わせた怖さがある。
距離を縮める心と由紀
第5話ではまた、心と由紀の距離が急速に縮まった。由紀は紀子が証人になってくれると伝えたあと、心に誘われて文吾と初めて面会し、「私も心さんと一緒にこの事件の真相を突き止めたいって思ってます」と告げる。これに文吾は「ありがとう。よろしくお願いしますね、ふつつかな息子ですが」と、まるで息子の婚約者に言うような言葉で返し、心を「そういうんじゃないから」と慌てさせた。由紀はこれにまんざらでもなさそうな表情を見せるのだが、その帰り道、心から紀子宅へ同行してほしいと頼まれると、「その代わりと言ったらなんなんですけど、松尾(紀子)さんの証言が取れたら、正式に取材させてもらえませんか」と逆に依頼する。
それでも二人はだんだんこころを通い合わせていく。由紀は、紀子と会うはずだったその日、上司(松澤一之)から仕事を押しつけられ、夜になってようやく駆けつける。心は先述のとおり紀子が家から出てくるのを待ち続け、雨が降り出しても傘を買いに行く時間も惜しんだために、すっかりずぶ濡れになっていた。そんな彼に由紀は自分の傘を差し出すと、「私もあきらめませんよ。一人ぼっちにさせるつもりないですから、心さんを」と励ます。このあと、心は自分の家に戻ると、由紀に鍋をつくってもらい、身も心も温まるのだった。彼のなかでまた、由紀が妻だったころの彼女と重なり合う。
二人の関係が特別なものになるうえで決定的だったのは、紀子が殺されたときだ。心は父を救う手だてを失い、絶望してしゃがみ込む。そんな彼に由紀は寄り添い、「お父さんと約束したんですよね。何をしてでもお父さんを助けるって。もう運命から逃げないって。私は……あきらめません。この理不尽な運命ととことん戦いたい。あのとき心さんを一人にさせないって決めたから」とあらためて約束する。これを聞いて心はたまらず由紀にすがりつく。彼女もまた抱きしめ返すと、心の口から思わず「由紀……」という言葉が漏れた。この瞬間、二人は取材者と被取材者とを隔てる一線を越えたといえる。原作コミックでは、心がタイムスリップから戻ってきたあとの由紀は、あくまで彼の協力者という役割にとどまっているから(さらにいえば、この世界の由紀は心とは別の人と結婚・離婚を経験、女手一つで子供を育てている)、これはドラマ独自の展開だ。
もっとも、ジャーナリストの職業倫理からすれば、由紀が取材対象である心にここまで肩入れするのはかなり危うい。それは1972年に起こった外務省機密漏洩事件のように現実のケースからもあきらかだ。この事件はよく知られるように、ある新聞記者が沖縄返還交渉における日米両政府の密約に関して、外務省の女性事務官から極秘電信文を入手したために、国家公務員法違反に問われたものだ。記者が事務官とともに逮捕された当初、新聞各紙は「知る権利」の侵害として彼らを擁護、世論も同情的であったが、二人が取材の過程で男女関係をもったことがあかるみになると非難へと一変した(余談ながら、作家の山崎豊子がこの事件をモデルに著した小説『運命の人』は、2012年に「テセウスの船」と同じく日曜劇場でドラマ化されている)。
これと同じく、週刊誌記者である由紀が、心と行動をともにしながら取材のうえ、もし誌面で文吾の冤罪を主張したとして、死刑囚の息子との関係があかるみになれば、やはり世間から激しく非難されるのではないか。ましてや由紀の上司は事件を追い続ける彼女を厄介者扱いしているだけに、心との関係を知ったら一体どんな処分を下すのか。下手をすれば由紀は会社をやめさせられるかもしれない。もちろん、彼女が職を辞してもなお心につき合うとすれば、そこにまた原作とは違ったドラマチックな展開が生まれそうではあるが……。そんなふうに想像するにつけ、真犯人とあわせて二人の今後のゆくえも気になるところだ。
特殊メイクによる効果とは?
このドラマでは事件の起こった1989年と31年後の現在と両パートを通じて、登場人物が子役をのぞくとすべて同一の俳優によって演じられている。このうち実年齢が30代の鈴木亮平、芦名星、それから文吾の妻・和子役の榮倉奈々は、2020年現在の登場人物を演じるのに、軒並み特殊メイクで老け込んだ顔をつくった。役づくりのため体型を変えることも珍しくない鈴木は当然として、芦名と榮倉が深く皺が刻まれた顔で登場したのには驚いた。
事件当事者を同一の人物が老けメイクをほどこして演じているのは、31年という時間の重み、それを背負った人々の苦悩を表現するためだろう。とりわけ榮倉が演じた2020年現在(心がタイムスリップする以前=歴史が変わる前の現在)の苦悩に満ちた和子は、同じく彼女が演じた文吾の逮捕前のきっぷのいい和子とはほとんど別人で、事件によって何もかも変わってしまったことがひしひしと伝わってきた。果たして事件にかかわった人々が背負い、顔といわず心にまで刻みつけられたものを、心と由紀は消し去ることはできるのだろうか。(近藤正高)