石原さとみ主演、野木亜紀子脚本の金曜ドラマ『アンナチュラル』。架空の組織「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、死因究明のスペシャリストたちが活躍する1話完結の法医学ミステリーだ。


先週放送された第4話の視聴率はググッと反発して11.4%。「ザテレビジョン」が発表した1月29日~2月4日の連続ドラマ週間視聴熱ランキングでは見事にトップ1を獲得した。そうだろう、そうだろう。「誰がために働く」と題された4番目のエピソードは、法医学ミステリーの形式をとりながら現代社会が抱える問題を鋭く抉り、同時に家族を守ろうと働き続ける父親たちの気持ちを描く、胸が熱くなる佳編だった。
「アンナチュラル」4話。その仕事は「人を死なせてまでやることなのか?」忖度とブラック企業を打ち砕け
イラスト/まつもとりえこ

過労死か、修理ミスか、医療ミスか


今回、UDIラボに持ち込まれた案件は、労働問題を主に取り扱う弁護士であるミコトの義母、夏代(薬師丸ひろ子)からのもの。バイクで交通事故死した男性・佐野(坪倉由幸)の死因を究明してほしいというのだ。佐野の妻・可奈子(戸田菜穂)は幼い2人の子どもを抱えて途方に暮れていた。夏代は彼女を助けるために立ち上がったのだ。

佐野は話題の商品「しあわせの蜂蜜ケーキ」の工場の製造責任者として、月140時間を超える残業をこなしていた。夏代は過労を疑っていたが、工場長の松永(春海四方)は頑として残業を認めない。経緯を聞いて、ケーキをわちゃわちゃ食べていた東海林(市川実日子)、久部(窪田正孝)、神倉(松重豊)が一斉に神妙な表情になるところがおかしい。相変わらず、こうした緩急が絶妙だ。

度重なる残業に寄る過労か、バイクの修理ミスによる事故死か、医者による病気の見落としが原因の病死か。
“責任の所在”を明らかにするための解剖が始まった。ミコトたちによる解剖についての報告を聞きながら、責任のなすりつけ合いをする松永たち。あくまでも工場は無関係だと強く主張する松永は、可奈子に向かって「仕事だと嘘ついて、浮気でもしてたんじゃないですか」と心無い一言を言い放つ。帰り際、それまで大人たちのやりとり聞いていた佐野の長男・祐(藤村真優)はこう呟く。

「あいつら、本当のことなんて、どうだっていいんだ。あったことも全部、なかったことにされる」

祐は「しあわせの蜂蜜ケーキ」の店に石つぶてを投げつける。これが彼にできる、精一杯の反抗だった。

月140時間の残業は「忖度」の結果


「私だって、自分の家族を守るのが精一杯なんだ! これ以上、どうしろと……」

工場の従業員からの内部告発を受けた夏代は松永を問い詰めるが、彼女の目の前で松永が過労で倒れてしまう。工場でもっとも残業していたのは松永だったのだ。

若くてイケメンの社長(渋江譲二)は直談判をする松永と佐野に「お客様を悲しませてどうしますか」「もっと向上心を持ちましょうよ」とどこかの自己啓発系ビジネス書に書かれているような薄っぺらいことを次々と口にして、「嫌なら辞めてもかまいませんよ」と突き放す。

とんだブラック企業だが、社長によると「残業は従業員たちが勝手に忖度した結果で、自分は何一つ強制していない」のだという。佐野の事故も、会社とは無関係だと押し通せと遠回しに脅していた。松永はその指示に従っていただけだ。


祐の「あったことも全部、なかったことにされる」とは、加計学園の獣医学部新設に関する疑惑について告発した文科省の前川喜平元事務次官の「あったことを、なかったことにはできない」という言葉を思い出させる。「忖度」は言うまでもなく、森友学園問題、加計学園問題について登場し、大流行した言葉だ。ちなみに前川氏の会見があったのは昨年5月、野木氏が『アンナチュラル』の脚本を書いたのは昨年夏のことだ(第2話を7月に書いていたというツイートがある)。

国語辞典編纂者の飯間浩明氏は「忖度」という言葉に「有力者の気持ちを推測して気に入られるようにすること」を表す新しい用例が出はじめているのだと指摘している。つまり、社長は従業員たちが「自分に気に入られようと勝手に残業をしていた」と言っているのだ。いかにこの言い逃れが身勝手で卑怯なものかがわかる。

そして社長の遠回しな指示が「忖度」されることによって、祐にとってかけがえのない父親の死の原因も「全部なかったことにされ」かかっていた。人の勝手な思惑で「なかったことにされる」ことに対して、事実を積み重ねて敢然と異を唱えるのがミコトたちUDIラボの仕事であり、使命である。

「人を死なせてまでやることなのか?」


解剖と検証の結果、佐野の死因は30日前の外傷による椎骨動脈かい離だと判明した。これでバイク屋の修理ミスと医療ミスの線は消えた。可奈子の証言によって30日前の花火の日、佐野がバイクで転んで帰ってきたことが判明する。しかし、夏代によると、過労による交通事故死は認定されにくいのだという。労基も簡単には動かないらしい。


花火の日、15連勤開けの佐野は、パーティーをしている社長の自宅にケーキを届けに行っていた。事故はその帰りで起こっていたのだ。事故の証明をするため、現場となったマンホールを探すミコトたち。2000個(!)あるマンホールの中から1個を探すため、立ち上がったのは……松永と工場の従業員たち! 彼らが向こうからずんずん歩いてくる姿に胸が熱くなる。松永と佐野はけっして険悪な関係ではなかった。むしろ、仕事を通して強い絆で結ばれていたのだ。

職場に復帰した松永が最初にしたのは、工場のラインを独断で止めることだった。「プライドはないのか!」とまた薄っぺらいことを言いながら怒り狂う社長に、松永はこう言い返す。

「プライドならあんたよりある! 商品に愛情だってある。だけどね! 人を死なせてまでやることなのか?」

力を合わせて事故現場となったマンホールを見つけるミコトたち。監視カメラで録画されていた事故の瞬間を「見たい見たい!」という祐の声に胸が塞がれる思いがする。単なる好奇心ではない。
彼なりに覚悟を決めて、愛する父親の死因となった事故の瞬間を見届けたいと思ったのだ。祐に手をかけて後ろ向きのままにしていた松永、祐の声を聞きながらうなだれる久部など、登場人物たちの細やかな動きにも気が配られている。

事故は立証されたが、今回も社長が最後に何らかの裁きを受けるシーンは描かれていない。描かれていれば、視聴者はわかりやすいカタルシスを得られただろう。だが、このドラマのフォーカスは別の部分にあてられている。

子どもたちが将来、幸せに暮らせますように


祐は「未来の夢」と題された作文に「お父さんのようになりたくない」と書いていた。お父さんが大好きだったはずなのに。

佐野の一家はとても質素な暮らしぶりだった。簡素なアパートで暮らしながら、リストラ経験のある佐野は家族のために工場で懸命に働き、可奈子も内職(部屋の中には出荷前のグッズがあちこちに積まれていた)で家計を支えていた。

景気の回復が喧伝されているというのに、どんなに真面目に働いても暮らしが楽にならない人たちがいる。真面目に働く人たちが過労で死に、彼らを踏みつけにする一握りの成功者だけが浮かれ続ける。佐野が届けたケーキは、食べられもせずに床に撒き散らされた。これが今の世の中だ。
そんな中で、佐野は子どもたちの幸せを願う。

「幸せだといいなぁ。こいつらが大人になったとき、幸せに暮らせるといいな」

血まみれのまま、子どもの寝顔を優しく見つめる。この子たちが幸せになりますように。この子たちが大人になる頃は、真面目に働く人たちが報われる世の中になっていますように。子を持つ多くの親が、佐野のようなことを願っている。そのために今日を精一杯生きるのだ。佐野と可奈子が長男につけた祐(たすく)という名前は「神の助け」という意味がある。

今回は我が家のリーダー、坪倉由幸の抑えた演技と松永役の春海四方の熱演が光っていた。春海は現在放送中の『隣の家族は青く見える』で主人公・松山ケンイチの穏やかな父親役を演じている。かつては哀川翔らとともに一世風靡セピアのメンバーとして活躍していた。

人はなぜ働くのか?


「なんのために働くんだろうなぁ」という久部の悩みは、ミコトに対する「三澄さんはどうして働いているんですか?」というストレートな問いに変わる。ミコトはノータイムで即答する。
「生きるため」。

「夢なんて、そんな大げさなものなくてもいいんじゃない? 目標程度で。給料入ったらあれ買うとか、休みができたらどこか行くとか。誰かのために働くとか」

間を極力廃した(たぶん編集されている)小気味よいリズムで放たれるセリフが、ミコトのたくましさを表している。ちなみに「夢って言葉、好きじゃないです。色んなことは夢じゃなくて、目標ですから」と言ったのは、先だって中日ドラゴンズに入団した松坂大輔だ。

かつて久部は「ニセ医学を斬る」というブログを書き、それが話題になって『週刊ジャーナル』(名前に反して、俗っぽいゴシップ誌だ)の編集部に声をかけられたらしい。事件解決後、編集部に飛び込んで、猛然と「しあわせの蜂蜜ケーキ」を糾弾する記事を書きはじめる久部。彼のやりたいこととは、こうしたジャーナリズムにあるのかもしれない。しかし、売れるかどうかを重要視する編集者の末次(池田鉄洋)は、そんな久部を冷たい目で見つめている。今後の久部の動向にも注目だ。

明かされる中堂の謎の過去


一方、ラスト近くでは中堂(井浦新)の過去の謎の一部が明かされた。

UDIラボの内部に「お前のしたことは消えない 裁きを受けろ」と書かれた紙が貼られていた。それぞれの心当たりがあるためか、戦々恐々となるUDIラボのメンバーたち。誰だって生きていれば、流れ弾の一つや二つぐらい、胸に刺さっているものだ。そんな中、中堂はミコトに脅迫は自分あてのものだと打ち明ける。ちなみに今回、中堂は前回の誓約書を守ってか、一回も「クソ」と言っていない。

「どんな罪を犯したんですか?」
「罪のない人間なんて、いるのか?」

前回までに比べると今回のミコトの中堂への当たりが非常にキツくなっているが、これは中堂が殺人を犯したという疑惑によってミコトの不信感が大きくなっていることの表れだ。親に殺されかけた経験を持ち、これまで数多くの「不条理な死」を目の当たりにしてきたミコトにとって、人の命を弄ぶ行為は何にも増して許しがたいことだった。

フォレスト葬儀社の木林(竜星涼)とともに遺体を遺族に無断で検案している中堂の姿を目撃するミコト。ミコトは所長の神倉から意外な事実を聞き出す。中堂は8年前、持ち込まれた女性の他殺体を解剖していた。しかし、その遺体は中堂の恋人だった――。

中堂はいつも解剖台の上で寝ていた。無精、あるいは無神経のように見えていた行為が、神倉の発言によって反転する。中堂は死んで解剖された恋人の痛みと苦しみを解剖台の上で分かち合っていたのではないだろうか。

本日放送の第5話は、ミコトが死体損壊罪という大罪を犯してしまう。どういうこと? あ、『アンナチュラル』は1話完結なので、今日からでも十分楽しめますよ!
(大山くまお)

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