朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第19週「1992-1993」

第89回〈3月8日(火)放送 作:藤本有紀、演出:松岡一史〉

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第89回 役者を辞める決心をする五十嵐、まさかの途中退場パターンか
写真提供/NHK

※本文にネタバレを含みます

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ひなたが眩しすぎる五十嵐

桃太郎(青木柚)の誕生日、すき焼きを作って、ビールを買って五十嵐(本郷奏多)を待っていた大月家だったが、彼は蕎麦屋「うちいり」でひとりくだをまき、破天荒将軍こと凛太朗(徳重聡)に絡んでいた。

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五十嵐は『破天荒将軍』の内容を小馬鹿にし、「やってて馬鹿馬鹿しくならない?」「なんにも新しいことしなくても、そこに安住していればなんでも手に入る」と言い出し、店内をひりつかせる。

7年前、『破天荒将軍』の現場で、テレビ時代劇は同じことの繰り返しだけどやるしかないのだと小馬鹿にしていたが、その気持ちは変わっていなかったようだ。
いや、ますます強く思うようになっているに違いない。

そんなドラマですら十分な役をもらえないのだから、五十嵐の気持ちは腐るばかりだろう。じつのところ、凛太朗もすみれ(安達祐実)も同じことを思いながら退屈なドラマ(『破天荒将軍』とか『茶道家ミステリー』とか)やっているのだろうけれど、五十嵐に妻・すみれを「二流の女優」呼ばわりされると凛太朗はゆっくり立ち上がる。

五十嵐の絡みにあくまで穏やかな顔をしている凛太朗は意外と大物感があった。あとで轟監督(土平ドンペイ)が「自分のことだけだったらこらえたんやけど」と凛太朗が言っていたと五十嵐に伝える。凛太朗、意外といいやつだった。


役者を辞める決心をする五十嵐

すみれも俳優としては微妙であるが、人間的には悪い人ではなく、「二流」と言われても五十嵐を心配していた。キャラによっては夫をたきつけて仕事を外してくれと言うだろう。おそらく凛太朗もすみれも大部屋俳優の忸怩たる思いをわかっているのだ。とはいえ、大部屋俳優がスターに悪態をついたことを不問にはできない。示しがつかないからと五十嵐は仕事から外される。絶望した五十嵐は役者を辞める決心をする。

ここで驚いたのは、五十嵐の今後のビジョン。
貧乏な五十嵐の実家は東京で小さいけれど会社をやっていて、そこで働けるから、ひなたに東京に一緒についてきてほしいと言うのだ。『おちょやん』の小暮(若葉竜也)と同じ展開である(小暮は京都の撮影所で働きながら脚本家を目指していたが芽が出ず、実家を継ぐことになり、千代(杉咲花)に一緒に来てほしいと言う)。

五十嵐の申し出に、貯金もしているし、文ちゃんを支えるから時代劇俳優として頑張ってほしいと懇願するひなた。「ばかで明るいおまえが大好きだ」「だからもう一緒にいられない」「傷つきけたくない。傷つきたくない」「ひなたの明るさが、ひなたの放つ光が俺を傷つけるんだ」と下手な恋愛ドラマのようなセリフをここぞとばかりに連打する五十嵐。

ひなたは時代劇俳優である五十嵐が好きで、五十嵐は無邪気に自分を信じているひなたの期待に応えられないことがつらいのだ。
すごく仲良く見えたふたりだが、お互い自分が大事ということである。にもかかわらず、7年も付き合っていたことにもびっくりするが、撮影所という閉ざされた世界がふたりの思考を停止させていたのだろう。学校やサークルや劇団などの閉ざされた世界は時を止めることを皮肉った映画は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84年)だった。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第89回 役者を辞める決心をする五十嵐、まさかの途中退場パターンか
写真提供/NHK

「なんにも新しいことをしなくても、そこに安住していればなんでも手に入る」のセリフのように、なんでも手には入らないけれど安住していれば楽だった80年代から90年代の人たちの姿。ドラマティックなセリフで酔いしれることのできる時代。「そこは将軍様や寛大なお裁きくだしてくれはった」という助監督・畑野(三谷昌登)のセリフもうまいこと言ってるでしょ感があった。
三谷はそれを的確に語っていて素晴らしいし、なにより展開やセリフがこれほど時代を活写していることも見事である。



五十嵐、まさかの退場パターンか

いつの間にかひなたが最も大事な存在になっていて、彼女のためにも生活していけるようになろうとする五十嵐。時代劇をやってる、夢を追いかけている五十嵐が好きなひなた。この考え方の差による別れは映画『花束みたいな恋をした』を思わせる。『花束〜』の脚本家・坂元裕二はまさに90年代前後に時代の寵児として大活躍していた(その頃からアップデートして、今も高い評価を受けているからすごい)。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第89回 役者を辞める決心をする五十嵐、まさかの途中退場パターンか
写真提供/NHK

ちなみに『東京ラブストーリー』は91年放送。92年の坂元は「ヒューヒューだよ」という囃し立てるセリフや、バットで球を打つ擬音「カキーン」を口に出していうセリフなどがユーモラスで話題になった『二十歳の約束』を書いていた(10月放送なので『カムカム』のこの時期ではまだ放送されていない)。


話が逸れたが、苦労して見えた人の実家がお金持ちという設定は、途中で出てきたらそのまま退場パターン、最後に出てきたら大逆転、ハッピーエンドパターンである。要するに、五十嵐はもはやここまでの役割なのだと感じる。いやもうてっきり普通に結婚するものと思っていたから、この急展開にはやられた。いやいや、明日には修復してほしいけれど……。
(木俣冬)

『カムカムエヴリバディ』をさらに楽しむために♪







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番組情報

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ

2021年11月1日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時00分~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時00分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時00分~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時00分(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時00分~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami