朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第19週「1992-1993」
第90回〈3月9日(水)放送 作:藤本有紀、演出:松岡一史〉
※本文にネタバレを含みます
※朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第91回のレビューを更新しましたらTwitterでお知らせしています
ひなた(川栄李奈)と五十嵐(本郷奏多)がまさかの破局? 演出・松岡さんに聞いた
ヒロインのひなた(川栄李奈)と五十嵐(本郷奏多)がまさかの破局? でもそこで、ひなたにはるい(深津絵里)、五十嵐には錠一郎(オダギリジョー)が寄り添う。るいと錠一郎の大人の包容力を演出した松岡一史さんに第90回を振り返ってもらった。【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜90回掲載中)
――ひなたと五十嵐の展開をどう感じましたか。
松岡一史(以下、松岡):視聴者の方々はびっくりして困惑するのではないかと心配する一方で、安子(上白石萌音)と稔(松村北斗)、るいと錠一郎も似たような状況(相手の幸福を思って男性が別れを切り出す)があったので、『カムカム』ならではの積み重ねのドラマを味わっていただけるのかなとも思いました。
演出するうえでは、五十嵐がひどい男で、ひなたがつらい別れを被ってしまったように見えてしまうことを避けようと心がけました。ふたりがそれぞれの思いに誠実に向き合った結果、別れを選んだと感じていただきたいです。
人は皆、何歳までにこうなりたいとタイムリミットを設けることで自分を奮い立たせることがありますよね。僕自身も何歳までに監督デビューしたいと思っていました。そういう時限爆弾のようなものを抱えながら人生を歩んでいくことが五十嵐にもあっただけなんです。だから視聴者の皆さんにも五十嵐にシンパシーを感じて寄り添ってほしいと思いました。
――錠一郎が五十嵐と話すシーンが印象的でした。
松岡:五十嵐は錠一郎と話す前に虚無蔵(松重豊)と話をしていて、そこで彼の問題は解決しているとはいえ、錠一郎も、五十嵐を息子のように感じていただろうし、夢破れた経験がある身として五十嵐に寄り添って、もう一度背中を押す役割をしたのかなと思います。普通ならひなたのことを思って怒ったり、責任を突きつけたりするものなのに……というようなセリフもありますが、錠一郎はただただ五十嵐に寄り添うだけです。オダギリさんがすごく優しく佇んでくれました。
途中ふたりで小上がりに座るアクションや最後に握手するのはオダギリさんのアイデアです。
台本のト書きでは五十嵐が木刀とCDをみつめて終わるように書かれていましたが、ものに向き合うのではなく人と人が向き合うラストにしたいねと本郷さんと話して、五十嵐が錠一郎にお辞儀して見送ることになりました。これまでエキセントリックな役が多かった本郷さんにも新しい面が出せたのではないでしょうか。とてもきれいな涙を流す俳優さんでした。
――るいがひなたに「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」を歌う場面も素敵でした。
松岡:るいがどういう気持ちでひなたと向き合うか、撮影前に深津さんと話し合ったとき、ひなたを救うために明るく歌ってほしいとお願いしました。が、歌詞に<日陰の人生を歩んできた>というようなものがあり、深津さんはそこにるいの人生が凝縮していると感じたのか、そこを起点に感極まるように歌っていらっしゃいました。
そもそも「サニー・サイド」は『カムカム』のなかでもいろいろなバージョンがあって、どれをるいが歌うかも考えまして、最終的に安子と聞いていたバージョンにしました。るいはまだ安子を赦して和解していないのでこの選択でいいか悩みましたが、安子が10週で子守唄として歌ったものを参考に聞いて練習していただきました。
――刀を振ってひなたは吹っ切れたのでしょうか。
松岡:映像をじっくり観ていただくと、彼女が立ち上がって刀を振るまでに時間が経過していることがわかると思います。
ひなたと刀
ひなたがおかゆと回転焼きを食べてから、哀しみを打ち払うかのように刀を振るたくましい姿を見たとき、『カムカム』で「時代劇」のモチーフが選ばれた理由がわかったような気がした。ひなたは五十嵐と初めて出会ったときも、えい!と一刀両断、オーディションのときもえい!とやっていた。90回のラストは五十嵐に買ってもらった風鈴に向かっていた。
刀とはそもそも邪気を祓うものだ。彼女の暮らす北野白梅町の天神さんこと北野天満宮にも『刀剣乱舞』でおなじみの「髭切」こと「鬼切丸」をはじめとしてたくさんの刀が所蔵されている。
「暗闇」でしか見えないものや聞こえない歌がある。でも侍は本来、この世の闇を切り裂く存在だ。『カムカム』では「あんこ」――甘いお菓子がそれを食べれば誰もが笑顔になるものとして大事にされた。るいがひなたを慰めるために歌った」オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」――「ジャズ」――歌も聞く人に希望を与える。人々に不安をもたらすこの世の闇を振り払い、光差すひなたの道に導いていく「時代劇」――「刀」にもその想いが託されているのだろう。
虚無蔵は五十嵐に木刀を餞(はなむけ)だと手渡し、「どこで何をして生きようと、おまえが鍛錬し、培い、身につけたものはおまえのもの。決して奪われることのないもの」と語りかける。
虚無蔵の「決して奪われることのないもの」という言葉は非常に強く響く。虚無蔵が活躍の場を2代目モモケン(尾上菊之助)によって奪われたことは確かなことで、それでも虚無蔵の生きてきた価値は変わらないのだということを感じさせた。ドラマ上ではマイルドになっているが、もっともっと苦い想いが虚無蔵のカラダには染みているように感じる。
トミー(早乙女太一)は着々と鍛錬の成果を出していた。錠一郎は彼のCDを買っていたと五十嵐に明かすが、中身は聞いていない。先日、「あかにし」で吉右衛門(堀部圭亮)にCDを聞かないだろうと言われていたが、そのとおり聞いてないが買ってはいたのだった。なにか切ないものを感じる。
ふらりと撮影所にやって来た錠一郎に五十嵐は「娘を泣かせやがってとか、責任とれとか、一発殴らせろとか、言われるかと思った」と言うが……。第89回で恋愛ドラマあるあるセリフを五十嵐が発したことと破局ドラマあるあるセリフを錠一郎が言わないこととの対比が鮮やかだ。
夢破れたときるいに生きる光をもらった錠一郎が、五十嵐に「ひなたの道」を案内する。五十嵐はどこへ向かうのだろう。
(木俣冬)
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番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
2021年11月1日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時00分~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時00分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時00分~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時00分(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時00分~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami