「ザ・商社」が放映されたのは1980年12月というから、もう30年以上前のドラマだ。
本作はタイトルどおり、総合商社(大阪に本社を置く江坂[えざか]産業)を舞台にした経済ドラマだ。原作は松本清張の小説『空の城』(1978年。なお、タイトルの「空」はソラではなくクウと読む)。和田勉は本作の前後にも清張作品のドラマ化を多数手がけているが、経済ドラマはこれが初めてだったという。
山崎努演じる本作の主人公で江坂アメリカの社長・上杉二郎は、カナダのニューファンドランド州にレバノン系アメリカ人、アルバート・サッシンが製油所を建設すると知るや、そこで生産される石油の販売を江坂産業が代理店として一手に担うべく交渉に乗り出す。江坂産業は国内のほかの商社とくらべて石油部門が著しく後れをとっており、サッシンとの代理店契約は一発逆転のチャンスであった(このあたりの話の流れは、一昨年に再ドラマ化された「不毛地帯」とも類似するところがある)。だが、もともと上杉を嫌っていた江坂産業の社主・江坂要造と、江坂を取り囲む「江坂ファミリー」と呼ばれる社員たちは隙あらば彼を追放しようと手ぐすねを引いていた。
この手の経済ドラマは、話をわかりやすくしたり面白くするために、登場人物がステレオタイプで描かれがちだ(たとえば、叩き上げの人間はどこまでも粗野に描かれる……といったぐあいに)。山崎豊子の映像化作品にはとくにそのきらいが強く、それはそれで面白いのだけれども(現にわたしは山本薩夫監督の「華麗なる一族」や「不毛地帯」が好きだ)、「ザ・商社」にはそういうところがあまりない。むしろ人物の描かれ方は意外性に富んでいる。ハワイ出身の日系2世で、英語ができるというだけで江坂産業に取り立てられた上杉二郎からして、理知的で人をよせつけないオーラをまとい、いわゆる叩き上げのイメージからはかけ離れている。しかしキャラクターにもっともギャップを感じさせるのは、なんといっても社主の江坂要造だ。江坂は社内に美術課を置くほど古美術のコレクションに熱を上げていたほか、青年時代にはピアニストを志し英国留学の経験を持つことから、父親が興した会社を継いでからも若い芸術家のパトロンとして多くの才能を世に送り出すなど芸術にも造詣が深かった。そんな江坂に対し、十三世片岡仁左衛門の上品な演技もあってわたしは好々爺という印象を受けたのだが、それは第1回で早くも裏切られる。江坂はあるとき若手音楽家たちの噂から知った無名の女性ピアニスト・松山真紀(演じるのは夏目雅子)を自分のもとに呼び寄せ、パトロンとなる。まあ、いくら何でもこんなおじいちゃんと男女の関係にはならないよなあ……と思ったのもつかの間、江坂は真紀と肉体関係を持ってしまうのだ。当時77歳となっていた仁左衛門丈もまさか、孫ほど歳の離れている夏目(当時22歳)とベッドシーンを撮るとは思っていなかっただろう。
真紀はその後、音楽を学ぶためニューヨークへ渡る。
さて、ネタばらしをしてしまうと、劇中出てくる江坂産業は実在した総合商社・安宅(あたか)産業をモデルにしている。安宅産業はこのドラマの放映の3年前、1977年に経営破綻し伊藤忠との合併にいたった。社主が古美術のコレクターであったことといい、石油事業での失敗が破綻の直接の原因となったことといい(劇中には廃墟と化した実在のニューファンドランドの製油所も登場する)、ドラマは現実の事件をかなり忠実になぞっている。こうした試みは、いまでいうならさしずめライブドア事件あたりをそっくりドラマ化するのと同じぐらいの生々しさとインパクトをもって視聴者には受け入れられたのではないだろうか。
安宅産業破綻は、このドラマの出演者にとってもわりと身近なものであった。原作である『空の城』文庫版での和田勉の解説によれば、江坂要造を演じた片岡仁左衛門は、安宅産業の社主にはよく魚をごちそうになったといい、ドラマ出演にあたっては《ご恩返しのつもりでセリフをトチらぬようがんばります》と語っていたそうだ。その仁左衛門演じる江坂がドラマ終盤、取引銀行の頭取(佐分利信)から合併を言い渡されたときの表情は、その直後の江坂産業会長・大橋恵治郎(演じるのは狂言師の茂山千五郎=現・千作)の激白とあわせて本作のみどころのひとつである。
ドラマのバックグラウンド探しついでに、図書館で和田勉の著作を何冊か借りてきた。和田は先に引用した『テレビ自叙伝』のほか『女優誕生』といった著作で、自分の手がけてきたドラマについてたくさんの逸話を披露しており、名前にたがわず“わ、多弁”だなあと感心させられる(いかん、和田のダジャレ癖がうつった)。
清純派からの脱却といえば、「ザ・商社」には後半、夏目のヌードも出てくる。NHKのドラマでオッパイが出てくるのはかなり衝撃だ。前出『テレビ自叙伝』によれば、このシーンの撮影前、夏目は和田を楽屋に呼ぶと《パッと上半身ハダカになり、「こんなもんでいいですか?」》と訊いたという。「こんなもの」と言ったのは、彼女は自分の胸のサイズにあまり自信がなかったからだというのだが……って、これ以外にも印象に残った場面とか斬新な表現や音楽についても触れたいのに、オッパイについて書いたところでスペースが尽きてしまったよ! いや、たとえスケベ心から「ザ・商社」を見始めても、重厚なドラマが好きな人ならその世界にぐいぐい引きこまれてしまうはずなので、ぜひいちど視聴してみてください。