問題。
もし職場の先輩が次のようなことをする人だったら、あなたはどうしますか?

1)つかまえたスズメを焼き鳥にしてあなたに食わせた(生焼けだったような気がして怖くなり、あとで医者に行った)。

2)寮の部屋に帰ってみたら、セミが200匹近く壁に止まっていた。自分がセミを死ぬほど嫌いなことを知って、先輩がわざわざ捕まえてきたみたいだ。
3)「ラーメンを作るからお店に行ってスープの秘訣を聞いてこい」と町のラーメン屋に取材に生かされた。当然教えてくれなかった。結局ラーメンはできたが、先輩は後片付けをまったくせずに散らかして帰った。
4)歩いていたら眉間に激痛が走った。見上げると、二階に空気銃を構えたスナイパーのような人がいた。先輩だった。
5)会社の経営が危なくなっても自分だけは出張先でスイートルームに泊まる。金遣いは荒く、ちょっとおつかいを頼んでも万札を出して「釣りはとっとけ」だった。 

迷わず、オー人事オー人事ですって?
そうでしょう。このガキ大将がそのまま大人になったようなとんでもない男が、かつて本当にいた。
新日本プロレスでデビューし同団体の王座防衛記録を樹立(当時)、「破壊王」の異名でファンに愛されたレスラー・橋本真也である。
橋本は若手のころから先輩レスラーを壊しかねない危なっかしいファイトをする男だった。直情径行、よく言えば真っ直ぐな気性。両親との縁が薄く、おばあちゃんが実質上の養い親だったという育ちから、家族や仲間の暖かみを哀しいほどに求めていた。柔道の先生から父性の厳しさを教えられ、強い男になって周囲を引っ張っていくことを強く意識もした。そうしたことが重なって、「大人ジャイアン」ができあがっていったのだ。ファンはそうした橋本のバカなところも知ったうえで、彼を愛した。
橋本が脳幹出血によって急逝したのが2005年7月のことだった。時の流れは速く、当時は中学生だった橋本の長男・大地もプロレス団体ZERO1でデビューを果たした。今年は橋本の七周忌の年となる。その記念すべき時期に、彼と14年の結婚生活を送った女性が橋本真也の思い出を語った本が出た。橋本かずみ『火宅 プロレスラー・橋本真也の愛と性』である(構成は“Show”大谷泰顕)。

かずみと橋本の出会いは、ファンと売れっ子のプロレスラーというものだった。あることがきっかけで急速に仲が進展し、恋人の関係になる。そこから1ヶ月も経たないうちに、橋本からかずみはプロポーズを受けるのだ。橋本が中国に長期遠征することが決まり、その出発前のことの出来事だった。

かずみ 私、誕生日が3月17日なんですけど、「その時は(日本に)いられないから」ってピアスと指輪を買って来てくれて。だけど、私としても漠然と〈私はこの人と結婚する〉って思いながら、その一方で、〈橋本にはほかに相応しい人がいるんじゃないか〉っていう思いもあって、「もうちょっと冷静になって考えたほうがいいんじゃないの?」って言ったら、その時に自分が吸ってたタバコを手の平でジュッて消したの。

激しすぎる愛情表現を受け入れ、かずみは結婚を決意する。北京に滞在中の橋本を訪ねたときには恋愛映画のヒロインにしかありえないような出迎え方をされた。

かずみ (前略)私が着いたら、もう橋本は手を広げて待ってて。ガバーッて抱きつかれて、グルグルグルグルーってまわされて。(中略)回されながら「みんな見てる! みんな見てる!」って思ってましたね。

2人の間には1男2女、3人の子供が授かった。
3回の出産すべてに橋本は立ち会ったという。

かずみ そう。もちろん大地の時は私も初めての出産だし、もうお腹が痛くて動けなかったんですけど、お医者さんから「そのままカラダをよじってたら産まれませんよ」って言われたら、橋本が「先生、押さえてましょうか」って言うんですよ(笑)。(中略)しかも先生は先生で、「よろしくお願いします」って答えちゃって(笑)。こっちはあまりにも痛いのに、その会話だけはおかしくて、「はい?」って思いながら、足を開いたまんまの状態で(足を)押さえつけられて。(中略)
――要は、橋本さんの両腕で大股開きみたいにされてるわけですね(笑)。
かずみ そう(笑)。普通は手を握って「頑張れ!」とかするじゃないですか。(略)

何かが間違っているけど、非常に破壊王らしいエピソードである。こうして産まれてきた子供たちを橋本は愛したが、一方で自身の子供っぽさは一向に改まらなかった。幼少のころに家が貧しくておもちゃをあまり買ってもらえなかった橋本は、ひんぱんにヒーローもののフィギュア、ソフビ人形などを購入していた。長男の大地が自分に買ってきてくれたものだと思ってそれに触ると、血相を変えて怒ったというのだ。
後には自分の側に問題があることを認識し、子供用と自分用の2セットを買ってくるようになったというが、要するにいつまでも大きな子供のままだったわけだ。

かずみ (前略)だけど、ウチにいる時は、毎日『ウルトラマン』で遊んでましたからね、橋本は。その時間は彼にとって大事な時間だったんだと思いましたね。

このやっかいな大人コドモの問題点は、面倒なほど大人の顔も持っていたことだった。妻がいることなどけろっと忘れて、外で好きな女性をこしらえてきてしまうのである。人気商売だからしかたない、とかずみは割り切っていたもいたが、どうしても許せないことが3回あった。なんと最初は、彼女が長男の大地を妊娠中のことだったという。

かずみ (前略)ある話のなかで「それは友だちに頼んだから」って言われた時があって、思わず「それさ、友だちじゃないよね? あんたの女だよね?」って問いつめたら、否定するどころか「そうだ」って認めたんですよ。(中略)「お前より理想の人に近い」って言い出して(笑)。

この臆面もなさもいかにも破壊王らしい。2回目の許せない浮気のときには車のトランクにラブレターの下書きを隠していたことから発覚した。「いい加減にして! 私は離婚する!」と怒るかずみに対し、橋本は土下座し、鼻水を垂らしながら謝ったという。
なのにその3日後……。

かずみ (前略)「だいたいさぁ、人のクルマからそうやって手紙を持って来る、お前が悪いだろう!」って(笑)。(中略)だから〈反省したのはたった3日ぁ!?〉って呆れましたもん(笑)。(中略)まだ半年経ってから「あれはお前も悪いだろ?」みたいに笑いながら言われるならまだしも、3日ですよ!「ニワトリは3歩歩くと忘れちゃう」って言うけど、この人は3日経つと忘れちゃうんだなって(笑)。あれは唖然としましたね。

そして3回目。このときの浮気が許せずに、かずみは橋本と離婚してしまう(だから正確には「前」か「元」夫人なのである)。そして浮気相手と同棲中に橋本は急逝してしまった。そのまま家にいれば発病することもなかったのか。それとも天命だったのか。それは後から言っても詮無きことである。
 実はその浮気相手の女性が、自分が橋本真也からいかに愛されていたかを書き、手記の形で出版したことがある(冬木薫『橋本真也の遺言』)。
その本の中では橋本から送られてきたメールの文面まで掲載され、臆面もない愛の言葉が天下に公開された。かずみの談話を読むとそれらのメールは特別なものではなく、ほかの浮気相手にも橋本は真剣な恋文を送っていたのではないか、という気もしてくるのだが、そのへんも詮索しようのないことだろう。気になる人は両方の本を読み比べてみてもらいたい。

誰からも愛された男は、また誰でも愛さずにはいられない駄々っ子でもあった。夫婦のことゆえ批評は差し控えたいが、本書を読んでその駄目さ加減を知り、幻滅した部分はある。同時に、やはり橋本真也は器の大きな男だった、と改めて見直した部分もある。完璧な人間はいないというが、秀でた箇所も、どうしようもない瑕も、両方とも巨大だったのが橋本真也という男だった。彼がいなくなって6年。私は本当に寂しい思いをしている。
(杉江松恋)
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