ギャグ・ライター(ときどき作家)のゲッツ板谷が、角川書店「本の旅人」でダイエットの連載企画を始めたのは昨夏のことだった。しかも連載2回目では105kgあった体重を20キロ減らして85キロ以下まで減らすという無茶な宣言をする始末。
ありえないでしょう、それは。
○び太に目でピーナッツを噛ませるぐらいに無理でしょう!
ここでゲッツ板谷が誰か知らない人のために簡単に紹介をしておこう。
ゲッツ板谷。1964年、東京都立川市生まれ。10代のころはヤクザ予備軍などで大忙しだったが、その後自宅警備員などの職を経てライターとしてデビュー。「パチンコ必勝ガイド」で原稿を書きまくり人気を博す。やがてカメラマン・鴨志田穣とコンビを組んだ『タイ怪人紀行』などのルポルタージュや、自分の家族のおそるべきバカぶりを暴露した『板谷バカ三代』・『やっぱし板谷バカ三代』、「最終回でマイケル・ジョーダンに会えるかもね」という編集者の言葉を真に受けて始めてしまった連続インタビュー企画『わらしべ偉人伝』などの著作で爆笑ライターとしての地位を確立。勢いに乗って書いた初の小説『ワルボロ』は漫画化・映画化が行われるなどのヒット作となった――。
といろいろ書いたが、ゲッツ板谷の凄さを表現するのは以下の一文があれば十分だ。
「西原理恵子をさし絵画家に選んだ作品で、文章が絵に負けなかったライターはゲッツ板谷しかいない」
山崎○夫だって神○裕司だって佐藤○だって清水義○だって伊集院○だって。
サイバラと組めば、自分の文章が心無い読者から「さし絵」ならぬ「さし文」と見なされる危険を背負うことになるのだ。唯一負けなかったのがゲッツ板谷だ。
だが減量は、そのゲッツ板谷の体力を奪うことになりかねない……。
そう思った私は、多少の危惧とともに連載の成り行きを見守ることにしたのだった。
本日発売の、『板谷式つまみ食いダイエット』は、その連載を一冊にまとめた本だ。ルールは2つ。ゲッツ板谷は毎月編集者の足立君が課してくるダイエット法を実行しなければならない。そして自分の体重と体脂肪率を毎日記録しtwitterで読者に向けて報告するのである。
はっきり言って、若手の芸人がバラエティ番組なんかでやらされる投げやりな企画みたいだ(視聴率がとれなければ1クールで打ち切り)。
いやな予感を裏付けるかのように、第1回のお題は微妙なものだった。その名も「巻くだけダイエット」。体にゴムバンドを巻きつけ、血液やリンパ液の流れをよくすることによって老廃物を押し流してむくみを解消する、という趣旨のものである(一時大流行したそうなのだが私は知らなかった)。
――てか、もっと早く気づけば良かったんだけど、このゴムバンドは150センチしかなくて、骨盤巻きはウエストの少し下に、このバンドを2周巻かなきゃいけないんだけど、俺の場合はどんなに伸ばしても1周しか回せなくてさ。
ダメじゃん!
第2回のお題は「振動ベルトダイエット」である。これもよくテレビの通販番組で観ましたな。電動式でぶるぶる震えるパッドを痩せさせたい部位に装着して、その効果で部分痩せを実現するというものだ。ゲッツ板谷はこれを装着して、毎日の生活を送り始める。だが体重105キロの巨漢が腹にそんなものをくっつけているという現実を、世間の人が見逃すわけがなかった。
――と、不意に近づいてきた1組の家族連れも、ボキの震えるウエスト部分を発見!
「あっ、このオジさんのお腹に何かいるっ」
急に騒ぎ始める女の子。
「いや、こっ……これは違くてねっ」
「あ、あ、あ、あっ、ゆ、ゆ、ゆれてるっ、ゆれてるぅ、う、う、う、うっ!」
なんだこの地獄絵図は。
結局この2回で一切ゲッツ板谷は痩せることができず、それどころか2ヶ月で2キロも増えてしまうのである。
ははあああん。
私も業界生活は長いほうである。
この企画は「どっきり」なのではないか。
つまりあれだ。ゲッツ板谷本人には編集部の意図は説明しないが、きっとこれはアンチ・ダイエット企画なのである。ライターに毎回毎回無理難題を押し付ける。それを愚直にこなすが、減るどころかどんどん体重は増えていく。そこで無謀なダイエットの危険性を説き、世のダイエット信者を目覚めさせようという寸法なのだ。
だいたい105キロが1年で85キロなんて出来るわけねーべ(多摩地方の方言)。
異変は第3回に起きた。その回に編集部が出してきたお題は、ダイエットのスタンダード・ナンバーともいえる「マイクロ・ダイエット」だったのである。1日の食事のうちの1回を超低カロリーのものに替えるというアレだ。しかもそれを、3食の要である夕食に摂り、かつ適度な運動も義務付けるという。
あれ……これ痩せちゃうんじゃ?
その通りだった。ゲッツ板谷はなんと1ヶ月で4.2キロもの減量に成功してしまう。
一ヵ月後、第4回の課題としてゲッツ板谷に手渡されたのは、あの「ビリーズブートキャンプ」の教材一式だった。
こうして月替わりで変更されていく課題をこなしていくうちに、ゲッツ板谷の体重は減少していく。あっという間に100キロ台を割って90キロ台に突入。しかもダイエットに挑戦中の者にとっては最大の敵である「努力しても努力しても減らない日々」の苦労もほとんどなく、順調に体重は落ちていくのだ。そして連載第11回に当たる「長距離カラオケダイエット&半身浴ダイエット」を実行中に、ついに夢の80キロ台へと突入していく。
結果を書いてしまうと、冒頭の表紙写真が物語っているように、ゲッツ板谷は見事に1年間で20キロの減量に成功した。体調不良に陥ることもなく、ある程度の筋肉を維持してのこの体重減は立派の一言である。無茶なダイエット否定派の私も、素直に敬意を示しておきたい。twitterでの発言を信用するならば著者は企画終了から2ヶ月近くが経った現在でも体重85キロを維持しており、今のところリバウンドの心配もないようだ。
巻末で本人がこの企画が成功した理由を挙げているので、それを整理して箇条書きにしておこう。
1)飽きないようにした
月刊誌に連載という事情が幸いした。毎月ダイエット法が代わるから、飽きるということがないのである。また、どんなに辛いダイエットでも、1月で終わるということが判っているからその間だけは我慢ができる。期間を分割することが効を奏したのだ。
2)ルールを最小限にした
中盤で出てくるが、途中でゲッツ板谷は体重を記録するダイエットを開始し(いわゆるレコーディングダイエット)、それだけは例外的に続けた。やらなければならないことを絞り、簡単にやれるようにしたのだ。
3)無理をしなかった
あとちょっとだけ頑張れるというとき、たとえば運動をもう少しやれるようなときにあえて止めるようにした。無理をすることに意義を見出せるのは最初のうちだけなので、いずれ飽きてしまう。それを避けたのである。負荷をかけすぎないという知恵だ。
4)焦らなかった
同様に、もう少し我慢して食べないでいられる、というときにもあえて食べるようにした。食べなければ翌日の体重が落ちることは百も承知なのに、である。
困難の分割、手法の簡素化、負荷の削減、手段の自己目的化の回避と、無駄なことは何一つやっていない。確かにこれは成功するはずである。こうした要素を最初から見込んで企画を立てたのだとしたら、編集部はえらい!
私はダイエットを無批判に奨励することは罪悪ですらあると思っている。効果のない商品を売りつけるのは詐欺に等しい行為だし、手法によっては健康を害することだってある。一時的な体調不良に収まらず、摂食障害のように長く続く問題を抱えてしまうことにだってなりかねないからだ。もし『板谷式ダイエット』が無茶な行為を押しつけるようなものであるなら、好きなライターの著作ではあるが批判しようと思っていた。だから今、本を読み終えて安堵している。この本は大丈夫だ。常識で考えればわかるような無茶を押し付けるようなダイエット本ではない。読者に対し、かなり誠実である。こういう形で健康に体重を落とせるのであれば、私も挑戦してみたいとさえ思った。やってみるか、つまみ食い!
書き忘れたが、ゲッツ板谷は数年前に脳出血という大病を患い、約2ヶ月間意識不明の状態が続いた。その窮状からは脱して体調を元に戻せたものの、最近では危険なほどの高血圧と診断され、痩せる必要を感じていたのだという。そこに偶然、この企画の話を持ち込まれ、同意して1年間のダイエットに乗り出したというわけなのだ。つまり途中で私が勘繰ったような「ネタ狙いの茶番」とか「元から痩せる気はない」というような邪推はまったく的外れだったということである。お詫びとともに訂正します。何度も書くけどこれ、真面目な本だよ。ゲッツさん、良かったね痩せられて。長生きしてね。
連載の最終回は、次のような文章でしめくくられていた。
――オレ、今までやってきたすべての仕事の中で、コレが1番真面目にやった仕事です。いや、ホンマに。
(杉江松恋)