寺山が先のエッセイを書いたのは高度成長期。この時代、ラーメンはハングリー精神の象徴であった。マンガ家の松本零士は上京当初の下宿生活の経験をもとに『男おいどん』という作品を発表、そこでは作者の分身たる主人公“おいどん”が近所の中華料理屋でラーメンライスを愛食するさまが描かれた。松本零士にとってラーメンは、貧乏な独身時代の記憶と分かちがたく結びついた食べ物だったのだ。
だが、いまラーメンはけっして安いものではなくなっている。速水健朗『ラーメンと愛国』によると、1990年代以降の不況下にあって外食産業では全体的に価格競争が進んだものの、ラーメン業界だけは例外だという。1990年に450円だったラーメン一杯の平均価格はそれ以降右肩上がりで上昇し、2007年には569円まで上がっている(総務省統計局「小売物価統計調査」)。価格だけではなく、かつて中国文化の装いに包まれていたラーメンのイメージ(ラーメン屋の意匠は雷紋や赤い暖簾が定番であり、『キン肉マン』でも中国代表の超人はラーメンマンだったし、インスタントラーメンのCMでも「中国四千年の味」というフレーズが流行った)は、いまや店員が作務衣風の服を着ていたりすっかり和風に変わった。戦後の日本でこれほどまでに社会的位置づけ、イメージが変化した料理も珍しいかもしれない。『ラーメンと愛国』はそんなラーメンの変化について、全編にわたって斬新な切り口で検証した好著だ。