※前編はこちらから

一年を振り返るんじゃ飽き足らず、この20年30年の日本経済の歩みを長寿サラリーマン漫画で振り返ろうというこの企画。
後編では「ン? それサラリーマン漫画?」という2つの作品を取り上げます。



■釣りバカ日誌
1979年に「ビックコミックオリジナル」で連載スタート。西田敏行主演の映画版も有名になった国民的釣り漫画『釣りバカ日誌』。映画は一昨年完結してしまいましたが、原作漫画はまだまだ絶好調です!
「確かにサラリーマンだけど、釣りがメインで仕事してないんでしょ。ハマちゃんってスチャラカ社員でしょ」と思われるかもしれませんが、巻数を連ねて読んでいくと主人公ハマちゃんの“スーパーサラリーマン”っぷりが伺い知れます。今回は「釣り」は一旦忘れて「ハマちゃんのサラリーマン人生」を振り返ってみましょう。

鈴木建設営業三課の真面目社員としてスタート(連載以降に「釣りバカ」になります)
四国へ単身赴任(8巻)
丸菱銀行の頭取と日本電々の総裁からトレードを持ちかけられる(19巻)
オーストラリア出張(25巻)
組合役員となって社長スーさんと交渉(27巻)
長野に転勤し五輪関連事業についてアメリカ大統領特別顧問とやりあう(30巻)
東北の子会社へ出向し東北建設業界のドンと呼ばれる男を相手に奮闘(42巻)
カルチャースクール立ち上げ(49巻)
沖縄シルバーランド建設計画(51巻)
プロ野球新球団「合点コンドルズ」仙台球場の改修工事担当に(66巻)
南米アマゾンへ単身赴任し誘拐される(67巻)
アメリカ巨大企業とのTOB交渉(69巻)
三ツ星レストラン誘致(72巻)
アラスカ出張(80巻)
東北新幹線新青森駅の開通に沸く青森に転勤(81巻)

どうでしょう。
これだけあちこちに転勤や出張を繰り返し(飛ばされてる、とも言えますが)、巨大プロジェクトをまとめ上げるのがハマちゃん。もちろんその手段として「釣り」が描かれるわけですが、その過程においてこそスーパーサラリーマン・ハマちゃんの才能が見て取れます。それは、キーマンと直接交渉したり、反目しあっている両人を釣り勝負として交渉のテーブルにつかせるなどして膠着状態を打破するネゴシエーターとしての能力です。実際、ヒラ社員のクセに建設省の要人や銀行の総裁などの日本のVIP、さらにはアメリカ大統領特別顧問や石油メジャーの会長など外国人要人とも知り合いという、役職からは考えられない超大物です。
むしろ「トンデモ社員」なのはハマちゃんの上司・佐々木和男(映画版における谷啓ですね)。社長であるスーさんを殴ったり暴言を吐くのは当たり前。
トラブルに巻き込まれるのはもちろん、自分でもトラブルを生み出すため、島耕作並みに役職がコロコロ変わります。

課長(1巻)→部長代理(15巻)→部長(18巻)→営業部担当取締役(24巻)→小会社・鈴建リースの社長(※ほぼ左遷/53巻)→事業開発C・O・P(58巻)→社長代行(60巻※ちなみにハマちゃんが社長秘書)→常務取締役(62巻)

って、えーー今常務なの?? こりゃ『社長 佐々木和男』あるでー(実際、社長代行にはなってる!)と思ったら、現在雑誌で連載中の「台湾編」で社長のスーさんをタコ殴りにしてました。こりゃあまた降格かな。

『島耕作』シリーズとは異なり、基本齢を重ねないのが『釣りバカ日誌』ですが、実は時事ネタがはかなり盛り込まれているんです。例えば、1992年に描かれた長野編は6年後の長野五輪を見据えてのものだし、2005年の仙台での球場建設も東北楽天の球団参入を受けてのもの。TOBや三ツ星レストランなどの最近のネタもしっかり描かれています。
世相を受けて「建設会社としてどう生き残るか」という視点で見てみると違った面白さを味わえる筈です。
現在連載中の「台湾編」も、東日本大震災における台湾からの多くの寄付に感謝を示してのもの。スーパーサラリーマン・ハマちゃんの活躍が今後ますます世界に広がって行きそうです。


■静かなるドン
1989年に「週刊漫画サンデー」で連載開始。今年、連載1000回&単行本100巻を突破し、大きな節目を迎えているのが極道×サラリーマン漫画『静かなるドン』です。
下着会社プリティで働く平凡なサラリーマン近藤静也。
しかし、その実体は関東最大の広域暴力団・新鮮組の総長の一人息子。総長である父が狙撃され、望まずして新鮮組の三代目となってしまった静也は、昼は静かなる平社員。夜は静かなるドン! の二足のわらじを履くことに…というストーリーは中山秀ちゃんでTVドラマ化されたり、香川照之版で映画化もされたりしていますのでご存知でしょうか。でも、100巻も何やってたの? という方のために、これまでの対戦相手をおさらいします。

vs 鬼州組(※四代目・坂本→五代目・沢木→六代目・海腐→七代目・白藤龍馬)
vs チャイニーズ・マフィア(35巻~)
vs 香港マフィア(37巻~)
vs シシリア・マフィア(40巻~)
vs フランス窃盗団(43巻~)
vs アメリカン・マフィア(55巻~)
vs ロシアン・マフィア(66巻~)
vs 世界皇帝(94巻~)

基本的には鬼州組とのシマ争いがベースにあるわけですが、舞台は今やワールドワイド。世界のマフィアを相手にして、時に新鮮組と鬼州組が手を取り合ったり利用したり。
次々と現れる強敵、ライバルとの共闘。四天王とかビッグ4を名乗る敵幹部、なんていうのは今どきジャンプでもなかなか見られない王道少年漫画のストーリー展開! でもそれがこの漫画の楽しさであり人気の由縁なのです。
そしてもうひとつ、この作品の人気の秘訣はやはり「ギャップ」でしょう。血が飛び交い、暗く陰惨な表現になりがちな極道シーンに対して、昼間のサラリーマン生活の明るいこと。もちろん戦いの最中に飛び出す新鮮組幹部生倉のギャグも重要な「ギャップ」の演出のひとつですが、陰と陽のわかりやすい表現こそがこの漫画のテーマであるため、サラリーマン生活はとことんわかりやすい「陽」の舞台装置として描かれます。逃野先輩や川西部長のパワハラすらも明るく描かれると同時に、サラリーマン生活は静也自身にとっての大切な未来への希望でもあるのです。
実際、ポンコツ下着デザイナーだった静也も「エアーブラ」「天衣無縫のブラ」「究極の下着」などのヒット作を次々生み出し、会社の経営を支える存在に。無事ヤクザ稼業から足を洗った暁にはプリティの社長の座も期待されていたりします。
また、この漫画の別な楽しみ方は、成功作以上にたくさん生み出された失敗下着を振り返ることで、“描かれた時代背景”が見えてくること。消費税が導入された平成元年には1円玉で出来た「消費税対策ショーツ」。ランバダが流行ったら「ランバダショーツ」と、むしろトリンプが毎年発表する「世相ブラ」の先駆けなんかじゃないかと思うほど。その失敗下着の歴史も一気読みの際は要チェックです。
ストーリーは今、ようやく終焉に。89巻で「最終章突入」と銘打たれ、世界を牛耳る2つの一族・世界皇帝との戦いに移行(ますます少年漫画っぽい!)。ここからどのようにエンディングに向かうのか!! と思ってから早3年。もう最終章だったことも忘れた頃に「最終章第2弾」(99巻)なんて書かれちゃいましたよ。
こりゃあれか、109巻あたりで「最終章第3弾」、119巻あたりで「真・最終章」なんて展開になるのをむしろ期待しちゃいますね。

ちなみに往年のファンで最近ご無沙汰の皆さま、あの鳴門竜次が『男塾』ばりの復活を果たしています。読み直すならまさに今です。



こうして見て行くと、どの主人公もなんだかんだ言って仕事が大好き(島耕作に至ってはプロフィールに「趣味・仕事」と書くほどの仕事人間)です。
「いやな仕事でえらくなるより好きな仕事で犬のように働きたいさ」
これは島耕作の課長時代の言葉ですが、きっと今回紹介したどのキャラクターにも当てはまり(『気まコン』のヒライは違うけど)、そしてそれぞれの作者にも当てはまる言葉なのだと思います。じゃなければ、20年も30年も連載なんか続けられないですよね。(オグマナオト)