先頃単行本が発売になったばかりの漫画『アラサーちゃん』がおもしろい。ネットではすでに話題を集めていて、そのおもしろさがどんどん口コミでひろがっているのだが、一般の漫画雑誌に掲載されている作品ではないから、それなりに漫画好きを自任する人でも意外と知らないかもしれない。
なので、あらためて説明させていただこう。

作者の名前は峰なゆか。AV女優みたいな名前だなー、と思った人は勘がいい。日本テレビのトーク番組「恋のから騒ぎ」への出演で注目を集めたのち、バスト93cm、ウェスト59cm、ヒップ91cmという脅威のボディサイズを武器にAVデビューを果たした美女だ。AVは2009年に引退して(今年の5月に少しだけ復活したが)、現在は“元AV女優”のライターとして活躍している。

彼女の思考の深さとそれを表現する文章のうまさは、ブログ「峰なゆかのひみつの赤ちゃんルーム」で十分うかがうことができる。
が、彼女は文章を書くこと以上に「漫画を描いてみたかった」という。そうして、ライターとしてのブログとは別に始めたのが、漫画連載用のブログ「アラサーちゃん」だった。

彼女が漫画の題材に選んだのは、世の中の女の子たちが外面にまとい、内面に秘めている“モテ心”だ。異性にモテるために必死で、滑稽で、でも愛おしくなるような努力の様々を、四コマ形式で表現している。ネタの詰め込み方がハンパない。そりゃそうだ、女子高→恋のから騒ぎ→AV業界というように、女子の花園を渡り歩いてきた峰なゆかだから、そうしたネタならいくらでもある。


本家ブログ「ひみつの赤ちゃんルーム」以上に「アラサーちゃん」が注目を浴びると、あっという間に「週刊SPA!」での連載が決まった。そしてこの度の単行本化、というわけだ。この展開の早さは驚きだ。当時、その成りゆきを目の当たりにしていたけど、なんだか2、3回瞬きしている間に決まっちゃったという感じで、ただただ「峰さんスゲー!」ってマヌケな感想しか出なかった。

もう少し、中身について触れておこう。

主人公はアラサーちゃん。
年齢は30歳。著者はあとがきで「今までに出会った上玉女子の外見・内面・モテテクのすべてをぶっこんだキャラがアラサーちゃんです」と言っているが、作者本人の姿もかなり投影されているとみて間違いはない。
このアラサーちゃんを中心に、友達のゆるふわちゃん、ヤリマンちゃん、サバサバちゃん、文系くん、オラオラくん、大衆くん(みんな名前がそのまま性格を表している)といったメンバーがモテたりモテなかったり、ヤったりヤられたりの人間模様を繰り広げるのだ。

いわゆる萌え系の漫画とはかなり趣が違うので、そういうものを求める読者はアラサーちゃんのセリフにどん引きするかもしれない。でも「そこがいい!」という読者もたくさんいるはず。わたしは最初の自己紹介でアラサーちゃんがつぶやく「趣味はマインスイーパーです」というひと言で、心をもっていかれてしまった。


『マインスイーパー』好きの女っていいよなー。ポチポチポチっと綱渡りをして、ある瞬間にドッカーンってなる。
でも、考えてみれば男と女の駆け引きは『マインスイーパー』みたいなものだとも言えるんだ。触れてはならないスイッチを避けながら、触れてほしいスイッチを探り当てる。そんなポチポチドッカーンが、この本にはたくさん詰まっている。

この本を、単なる“元AV女優”の余技で終わらせていないのは、その絵のうまさにもある。
表紙だけ見てもそれは十分伝わってくるだろう。人物の輪郭線が素人のそれじゃない。ちゃんと中に骨があり、筋肉と脂肪がついて、それを皮膚が覆っていることを表す線だ。ベテランの漫画家でも、これだけの線を引ける作家はそういない。

新人漫画家とは思えない躍動感。といっても滑らかな躍動ではなくて、わりとぎくしゃくした動き。
そこになんともいえないリアリティを感じる。プロのダンサーでもない限り、実際の人間って、そんなに滑らかには動けないもんだよね。
もし、『アラサーちゃん』を映像化するなら、アニメ化やドラマ化ではなくて、人形劇にしてほしいな。それも「ひょっこりひょうたん島」や「バケルノ小学校」みたいな棒遣い人形で。似合うと思うよー。
(とみさわ昭仁)