第2話「花束」
金曜の午後だけあって、ドイツのスーパーマーケットのレジには、そろそろ恒例の行列ができ始めています。毎週金曜日は、仕事を早々に切り上げて帰宅する勤め人が多いため、週末の食材を買い求める客で、午後の商店は混雑し始めるのです。さて、そんなスーパーで、食材選びを終えた私。レジでは、前から数えて5〜6番目という、まずまずの位置につけました。私の前には、おばあさん、その前におじいさん、そのまた前には中年男性が並んでいるのが見えます。
ドイツのスーパーマーケットのレジでは、レジ台の上に商品をのせるのは客自身の役目です。レジ係は、こうしてレジ台にのせられた商品をひとつひとつ手に取り、読み取り機にバーコードをピ、ピ、ピ、とかざすだけ。読み取り終わった商品を、ひとつひとつ買い物カートに戻すのも、これまた客自身の役目。品物をレジに並べたり、それを再び回収したりと、レジでは客は大忙しです。ドイツのことわざによると、「お客様は王様」であるはずなのですが、レジ係は王様以上の存在のようです。「お客様は神様」の日本では、客の役目と言えば、最後にお金を払うことくらい。
さて、私のすぐ前に並んでいたおばあさんは、黄色い花束をたったひとつだけレジ台の上にのせました。おそらく、週末の部屋に飾る生花を求めにきたのでしょうが、たったひとつの花束のために費やすレジ待ち時間に、さぞかし憤慨していたことでしょう。
しばらくすると、その花束おばあさんの前に並んでいた初老の男性がふいに後ろを振り向き、花束おばあさんに笑顔で話しかけました。「あざやかなお花ですね」と、花を愛でています。これまたキザなおじいさま。レジ台に目を転ずると、そのおじいさまは、赤ワインとチーズとぶどうを、すでにレジの上に並べ終えていました。花を愛でるセリフといい商品といい、どうやらキザ路線にこだわりがある模様です。
そうこうするうち、いよいよキザおじいさまが会計の順番になったところで、おじいさまが突然レジ係にこう告げました。「こちらの黄色い花束も、私が支払いますので」
「え? それって、私が買う花束なんですけど? 」と言わんばかりの顔で、きょとんとする花束おばあさん。キザ路線のおじいさまは、微笑み顔ですかさず答えました。「あなたに、すてきな週末をプレゼントさせてください」
いやはや、そんなシーンを見せつけられた私は、買い物カートごと卒倒しそうになりました。
(柴山香)