誰がこれを「ミステリマガジン」だと思ったことでしょう。
ハヤカワでしょ。「ミステリマガジン」でしょ。
「ミステリマガジン」に「ミルキィホームズ」はないだろうと最初思ったわけですよ。
でもこんな極上のえさのついた釣り針、そりゃ釣られますよ。ミルキィホームズファンの僕は速攻で買って読んだわけです。
あれ……思った以上にちゃんと「ミステリマガジン」として成立してる。
これはちょっと度肝抜かれました。てっきり単なる話題作りかと思いきや、まあそれもあるでしょうが違うんですよ。
「ミルキィホームズ」が導いてきた、若年層が「ミステリー」というジャンルに興味を持つ架け橋になっていること。
ジュブナイル小説にある『少女探偵』作品群の一連の系譜上にあること。
これをきっちり特集しています。
ここで簡単に解説。
「探偵オペラミルキィホームズ」とはなんぞや?
長島☆自演乙☆雄一郎がコスプレしていたので、それで見たことある人いるかもしれませんね。
元々は「トイズ」という特殊能力、例えば念動力だったり怪力だったりを使って、ミルキィホームズという四人組が推理していくゲーム作品や声優ユニットを中心としたプロジェクトでした。もうすぐゲームの2もでますね。ゲーム版はちゃんと推理ものです。ミステリーですよ。
その「ミルキィホームズ」プロジェクトの一環としてアニメが作られたのですが、これがもういい意味でひどい。
探偵を銘打っておきながら、最初からトイズが使えなくなって推理をしなくなるという、探偵物としてはあり得ないどんでん返しからスタートします。
その後は堕落による赤貧生活に追い込まれ、野性的に、時に強欲に生きていく彼女たちの姿が描かれていきます。
推理? しません。それっぽいシーンは0ではないですが、推理とはいえません。
2になると更に悪化してマイナスからのスタート。
天然すぎるがゆえに割りと残酷な暴走キャラ、シャロことシャーロック・シェリンフォード。
ごうつくばりでお金や物欲のためなら魂も売りかねず「クズかわいい」と言われる譲崎ネロ。
お姉さん的キャラだったはずが今やすっかり暴走脳みそお花畑キャラになったコーデリア・グラウカ。
内気でおとなしくもじもじしているけれどもなにげにむっつりエロスがほとばしるエルキュール・バートン
この4人がメインキャラです。もう名前見ただけで一部のキャラの元ネタはわかりますよね。シャーロック・ホームズだな、エルキュール・ポアロだな、と。でも譲崎ネロの元ネタがグルメ安楽椅子探偵ネロ・ウルフってのは、いささかマニアックですよ。
萌えアニメでしょう?と言われたらまさにそのとおりなんです。しかし萌えているヒマがないくらいパロディとギャグの連発。
ちょっと想像ができないかもしれませんが、一話まるまる濃縮して還元しないジュースみたいなんですよ。ひっきりなしにキャラクターはパロディを繰り返す。
またそれについてのツッコミや解説がない。ほおりなげっぱなしなんです。
アニメのパロディはまあ分かりやすいんですが(例・シャーロック・ホームズの武術「バリツ」と天空の城ラピュタの「バルス」をかけた、など)、このアニメ一期・二期ともにミステリー小説のパロディの宝庫。
たとえば各話のタイトルはすべて、古今東西有名ミステリーからとっています。
これもまあ例えば10話「ミルキィホームズには向かない職業」なんかは「女には向かない職業」だなとわかるんですが、二期五話「コソコソと支度」が元ネタ「刑事コロンボ 構想の死角」とか、ちょっとマニアックですよ。いやそれすぐには出てこないよ。
面白いのはそれをキャッチできる土壌があること。そう、ニコニコ動画やTwitterをはじめとしたネット文化。今回の「ミステリマガジン」はそこに注目しながら、インタビューや考察をしていました。
今回の本でも細かい所が解説されていますが、例えば二期一話でシャロが「あたしは蜜蜂さんを飼ったりとかして……」というセリフがあります。
はい、これでなんのことかわかった人。
これはホームズが引退してから養蜂をしていた、というネタです。つまりシャロは探偵なかば引退状態だった、というパロディ。
わかる人はわかりますが、わからん人にはパロディかすらわからないですよね。
繰り返しになりますが、アニメ「ミルキィホームズ」は推理モノでは無いです。そういう意味では「本当に『ミステリマガジン』で特集していいのか?」という疑問符が浮かぶかもしれません。
けれども、ぼくのように「アニメは好きで、ミステリはちょっと興味あるけど全然わからないしなー」という層には、最高にキャッチーなわけですよ。
単に「知らなかった」という理由で一生触れられずに終わってしまうかもしれないミステリー作品群に対して、架け橋の一つの役割を担っているんです。これはでかい。
入り口は「パロディ」である「ミルキィホームズ」でもいいんです。ミステリ愛読者はもうすでに読んでいるでしょうから、そうじゃない層……ぼくとかですね、そういう層が「ミルキィホームズで出てきた「ナイスなすし」の元ネタ「ナイルに死す」ってどんな話だったっけかなあ」と本を手にとる。ある意味知っている層から知らない層への世代交代ですが、それは今後一番重要なことじゃないですか。
もちろんパロディ元としての「ミルキィホームズ」にとどまらず、そこから譲崎ネロの元ネタネロ・ウルフの小説を掲載したりしてくれるあたりがナイス。ミルキィホームズ目当てに買った人もミステリに触れられます。
加えて、桜庭一樹「GOSICK-ゴシック-」を軸にインタビューしながら「少女探偵というのがジュブナイル以外のジャンルで成立するのか」「少女の物語とミステリは両立できるのか」を追求しているのも面白いです。
「ミルキィホームズ」は「少女+探偵」というナンシー・ドルーシリーズを始めとしたモチーフの系譜の一つ。であると同時に様々なミステリに対して「面白いよね」と俯瞰してパロディ化した極地にある作品。
なるほど「扱うべくして扱った」テーマだなあとしみじみ感じました。
実はいままでも「ミステリマガジン」では逆転裁判特集や名探偵コナン特集も組んでいます。まあこちらはそれでも推理してますからまだわかりますが、いやあ……びっくりだ。
アーカイブ化された様々な「ミステリー」作品群への入り口意識も持ちつつ、何も考えずジェットコースターに乗ったように楽しめる「ミルキィホームズ」。プロデューサーの中村伸行は言います。
「探偵小説というジャンルが何百年も生き残っているということは、それだけミステリが人間に好まれるということを歴史が証明してくれているんだと思います。触れてみれば、その何割かは必ずおもしろいと思ってくれるはずで」
アニメファンにはミステリに触れてもらいたい。
「広くて深くて楽しいミステリの世界をお楽しみください」
楽しませて頂きます! ムクムクです!ムクムクです!
というかそれより、買って読んだ後に、「ミステリマガジン」にはエキレビライターの米光さんと杉江さんが執筆していたことを知ってびっくりしたんですがどういうことなんですか。
(たまごまご)