就職氷河期である。就職超氷河期だと言う者もいる。
喝ッ!
ほんとうか、それ、ほんとうにそうなのか!?
てきとーに煽る馬鹿どもが多いご時世、そんな強い言葉に踊らされて、データを見誤り、本質を見過ごし、馬鹿を見るなんて、もうこりごりだ。
というわけで、就職の現状について調べてみた。
いい本があった。
『これが論点! 就職問題』(児美川孝一郎編/日本図書センター)だ。
就職問題の構造を分かりやすくていねいに解説した名著『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』を書いた児美川孝一郎が、就職問題に関するさまざまなテキストを集め編んだ一冊だ。
総勢22本のテキストを収録し、多角的な視点で「就職」問題を俯瞰できる一冊である。
【終身雇用制が諸悪の根源ってほんと?】
「終身雇用制が諸悪の根源、これやめて雇用をもっと流動させろ、爺さんのクビを切って、若者を雇え! わーわー!」
というよくある言説は、で た ら め!
と主張するのは、海老原嗣生。
そもそも、その流動的な雇用を採用しているアメリカの失業率は、日本よりはるかに高いじゃないか、と述べる。
日本の若者(二十五歳未満)の失業率は九%前後だが、アメリカの若者の失業率は約二〇パーセント。倍以上なのである。
“つまり、アメリカやイギリスと同じように流動的な雇用体制とやらを採れば、若者の雇用が確保されるというロジックは幻想だ”。
【若者の雇用は減ってない】
さらに海老原は驚くべきデータを提示する。
若者の雇用が減ってること自体が事実無根だと言うのだ。
えええー!
減ってるでしょ、リーマン・ショックよりあと不景気で雇用減ってるでしょ、あそこの会社なんか、ぜんぜん若い社員いないよ? って印象があるので、にわかには信じられない。
“文部科学省の「学校基本調査」によると、四年制大学・新規卒業者の正社員就職数は、一九八〇年代後半のバブル時代に二九万四〇〇〇人だった。それが二〇〇八年には約三九万人にまで増えている。リーマン・ショックの影響があった〇九年でも約三八万人。最悪の就職氷河期と言われる今年も約三〇万人の就職が見込まれている。”(二〇一一年に書かれたテキスト)
景気変動を比べて長期トレンドを見れば、新卒採用は増えている、のである。
さらに。
バブル時代と比べれば、二十二歳の人口は、三割弱も減っている。
人口減ってて、新卒採用は増えてるのに、就職氷河期ってどういうこと?
【自己分析ゲームの果てに】
海老原は、ここでもクリアな答えを示す。
“この二十五年間で、大学の数はなんと七割も増えている。学生数も六割増。
原因は、大学生の数なのである。
常見陽平は、就職氷河期(一九九四年~二〇〇五年)と言われた時期と構造が違ってきている状況を以下のようにまとめる。
1:大学も大学生の数も増えたこと
2:大学生の質の差が目立ってしまったこと
3:就職活動のやり方がネットを中心としたものに変化したこと
4:日本企業をめぐる環境が変化し、企業が求める人材が高度化したこと
乱暴に書いちゃうと。
だれもかれもが大学進学、大学行ったからって、大企業に就職しなきゃって、ろくに考えもせずに、わーっと押し寄せる。
どんな会社かなんて、CMやイメージていどにしか知らない大企業たちに、エントリーシートを片っ端から送って、落ちて、泣く、というマイナスのループ。
就職活動のネガティブなループ構造は、学生たちを追いつめる。
石渡嶺司が指摘するのは、学生の現状だ。
“今の学生にとっては、自己分析イコール海外留学など「変わった」体験談を見つけられるかどうかになっているようなのである”
海外留学、国際交流サークル、DJや通訳など変わった経験のある学生がそれをウリにする、ない学生は、「サークルやアルバイトでリーダー経験があり」なんていうアピールポイントを絞り出し、“無数のサークル代表が生まれる”。
ところが、採用する側にしてみれば、“「変わった経験はなくても構わない。見ているのは、その経験からどれだけ成長したのか」”だと述べる。
とはいっても、どうやって、「どれだけ成長したのか」なんてことを測ってるのか。
しかも就活ゲームのルール的に最悪なところは、なにが失敗だったのかさっぱり分からないところだ。
落とされても、なんら理由説明されないのだから。
自己分析なんてことを状況的に強制されて、不採用という形でそれを否定される。
就活ネガティブループの中で、学生たちは、自己否定の深みへはまり、正当な処遇に対する望みを失っていく。
川村遼平の調査によると、“就活生の七人に一人がうつ状態”である。
就職活動システムが、「この企業を選んだ自分が悪いので、仕方がない」と、ブラック企業の違法行為を容認する場を作り出していると、アンケート調査から論証するのは、今野晴貴。
【ミスマッチの解消方法はあるのか?】
こういった状況をどうすればよいのだろうか?
増えすぎた大学卒業者と中小企業のミスマッチをどうにか解消すればいい。
とはいえ、有名大企業のほうが安心だ。中小企業へ行って、もしそこがブラックだったらという不安を学生が抱くのも理解できる。
しかも、同期が少ないということが、その不安を増幅させる。さびしいしね。
そういった不安・不満を解決する仕組みを海老原嗣生は提案する。
“中小企業に就職した人全員に、国が県・地域別に一ヶ月間の導入研修をするのである”。
そこで、社会人マナーを学ぶ。一ヶ月過ごせば、同期意識も生まれる。
できれば導入研修だけではなく、その後も定期的に“「研修」の機会を作りつつ、同期で集まるようにする。すると競い合うだけではなくて、愚痴も言えるし、恋も生まれるかもしれない。そうなれば「中小もいいな」という空気ができる”。
キャリア・カウンセリングなどのケアも同時にやるといい。
そうすることによって、同期意識をつくり、情報を交換し、ブラック企業の開き直りをうみにくい土壌を作りだす。
『これが論点! 就職問題』(児美川孝一郎編/日本図書センター)の興味深いところは、多角的な視点を一度に俯瞰できるところだ。
「終身雇用制が原因ではない」という主張もあるし、「終身雇用が若者の就職難を招く」というテキストもある。一冊の本の中で、意見がぶつかりあう。
以下、『これが論点! 就職問題』の目次である。
総論 就職問題で何が問われているのか?
児美川孝一郎
第1部 「就職問題」のどこが問題か?
大卒就職問題を考える……児美川孝一郎
第2部 学生たちの就活の実態は?
就活に追い詰められる学生たちー7人に1人がうつ状態……川村遼平
賢明な就職活動に向けてー業界・企業に関する情報収集が不可欠……上西充子
第3部 就職の困難は、誰を直撃しているか?
不況下の新卒就職の現状と対応……小杉礼子
学卒未就職という不条理ー大学教育の現場で今できること……居神浩
就職活動システムの現代的機能ー「失敗」して「成功」する「再配置」今野晴貴
第4部 「就職問題」の原因はどこにあるのか?
企業は新卒採用者を大幅減 焦る学生の「就活」奮闘記……石渡嶺司
大激論ー日本型雇用がダメなのか 大学生がダメなのか……海老原嗣生×城繁幸
若者の就職難の原因は安定・大手志向なのか
根底にある「人の使い捨て経営」と非正規化……竹信三恵子
終身雇用が若者の就職難を招く……八代尚宏
「就職氷河期再来」の虚像を剥ぐ 新卒採用を自由化・透明化せよ……常見陽平
第5部 「就職問題」にどう対応するか?
適職という幻想を捨て去る 仕事はただの糧と腹をくくれ……宮台真司
<超・就職氷河期のウソ>四大卒も中小企業を目指せばいい……海老原嗣生
大学「全入時代」の新卒者「就活市場のミスマッチ解消を」……太田聰一
「新卒一括採用」という遺物……城 繁幸
新卒一括採用はもう限界 二七歳まで採用延期しては……山田昌弘
就活の早期化、長期化で学生、大学、企業をだめにする負のスパイラル転換を……辻太一朗
大卒就職をめぐる最近の論点ー活動開始後倒しと卒後三年新卒化ー……大島真夫
「ロスジェネ問題」の延長線では氷河期の歪みは解決しない
「就職氷河期」が直撃したロストジェネレーション世代。四〇代にさしかかろうとしている彼らの現状から社会を考える。
……赤木智弘
教育の職業的意義を問う-大学・企業はいま何をなすべきか……本田由紀
職務を定めた無期雇用契約をー「ジョブ型正社員制度」が二極化を防ぐ……濱口桂一郎
付論 学生たちは何を求めているのか?
就活生からの就活改革・第一次提言……就活シンポジウム実行委員会
たくさんの視点で就職問題について考えたい人は、ぜひ読むべし。(米光一成)