かなり刺激的というか挑発的なタイトルである。
でも、これが向井を発掘してきた女性マネージャーの本だと知れば、印象は変わってくるのではないだろうか。
本書は、冒頭で著者がことわっているように、暴露本のたぐいではまったくない。むしろマネージャーという仕事を通してひとりの女性の生き方をつづった本というべきだろう。また彼女の手記のほかに、当の向井や所属事務所のホリエージェーシー社長の小野田丈士のインタビューが収録されているので、タレントとマネージャーの関係がより深く理解できる。
それにしても、向井理を発掘してきたマネージャーというから、それなりに年齢はいっているのだろうと思いきや、著者の田島未来は1979年生まれと現在30代前半、向井理のデビューが2006年だから、逆算すると当時まだ20代だったことになる。向井と年齢的にはさほど変わらないわけで、そこにまず驚かされる。
ただし年齢のわりに田島のマネージャーとしての職歴は長い。向井と出会った時点ですでに8年のキャリアを積んでいた。さかのぼれば中学時代から芸能マネージャーにあこがれ、どうやったらなれるのか手当りしだい参考になりそうな本を集めていたといい、高校卒業後には当時まだ珍しかったという「マネージャー科」のある専門学校に入学する。この学校での実地研修として、芸能事務所に入ったのが19歳。ここで彼女は師匠格である事務所取締役の女性から、ときには厳しく叱責されながらも芸能マネージャーとしてのスキルを磨いていく。
しかし入社して3年ほど経った頃、師匠のもとを離れて自立しなければと、この事務所をやめてしまう。新天地として田島が選んだのがホリエージェーシーであった。在籍するマネージャーの大半が20代だったという同事務所は、タレントの売り出し方などすべては担当マネージャーに一任された、いわば「個人商店の集合体」だった。彼女が向井理を発掘し、後述するように思い切ったプランで売り出すことができたのも、こうした事務所の方針のおかげであった。
田島が向井を知ったのは、とある雑誌の「街のイケメン」という特集に写真が載っているのを見たのがきっかけだった。向井に一目惚れした彼女は、さっそく彼がバーテンダーとして働いていた(じつは店長もまかされていた)店を探しあて、おもむろに声をかけてみる。拒否されるどころか思いのほか好感触で、その日は名刺を交換して別れた。その翌日にはふたたび会う約束をとりつけるべく電話をかけたという田島の行動の早さもさることながら、あらためて芸能界入りを打診されて、その場で快諾してしまう向井の決断力にも感心させられる。
向井を売り出すため田島は大胆なプランを立てる。端役で露出を繰り返し、少しずつ知名度をあげていくのではなく、最初から主役級でデビューさせようとしたのだ。とはいえ演技の経験もないずぶの素人の彼に、いきなりドラマで主役をというのはさすがに無謀な話。そこで田島が選んだのが、清涼飲料のテレビCMへの出演であった。
ところがこの最初の仕事となるCM撮影に、向井はいきなり遅刻するという大ポカをやらかしている。芸能界に入ったもののバーテンダーの仕事は引き継ぎなどのためすぐにはやめられず、この日も朝まで店を開いており、現場に出かけるまで少し仮眠をとったところ寝すごしてしまったのだ。それでもいざ撮影が始まると、しだいに場の雰囲気が変わり、終了するころには「君、いいと思うよ。きっと売れるよ」とスタッフたちが太鼓判を押してくれたという。田島の見る目が間違っていなかったということだろう。
その後も彼女のプランにもとづき、向井は活動を展開していく。ドラマ「のだめカンタービレ」で俳優として存在感を印象づけるのに成功すると、こんどは彼の真の魅力である「素」をアピールするべくバラエティ番組の仕事をとってくる。さらに俳優として役の幅を広げるには“色気”がなければと思い、女性誌「an・an」編集部に、表紙へのヌード出演の話を持ちこんでいる。このとき彼は戸惑いつつも、田島の戦略を聞いて納得してくれたという。《彼のすごいところは、何が狙いかわかると、それに応じてきちんと仕事をしてくれることです》と田島は書いているが、それは向井が彼女のことをそれだけ信頼していたということでもあるだろう。
向井の出世作となるNHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」もまた、田島のプランにもとづき出演を決めたものだった。それ以前にも朝ドラ出演のオファーはあったものの、朝ドラではどうしても男はヒロインの引立て役にしかならないと考え断ったのだという。
だが田島は、「ゲゲゲの女房」のクランクインを向井と一緒に迎えることはできなかった。じつはこれと前後して彼女は結婚し、このオファーの直前には妊娠していることがわかったからだ。
結論からいえば、彼女は出産を機に子育てに専念するため芸能マネージャーの仕事をきっぱりやめている。ここから書名となった『向井理を捨てた理由』が、自身の幼少期の体験を交えて語られているのだが、それにしたって、自ら発掘し育ててきたタレントがブレイクしようかというときにあっさり仕事をやめてしまうのはあまりにももったいないのではないか。出産のため休んでもいずれ復帰したほうがタレントのためにもいいだろうし……と、たいていの人は思うだろう。実際、彼女の周囲でも、事務所社長はじめほとんどの人が「もったいない」と口をそろえて反対したという。
だが、そのなかで唯一彼女を後押ししてくれたのが、ほかならぬ向井だった。出産後、現場に復帰するかどうか悩んだ田島は、最後の最後で向井に電話で相談したところ、彼はあっさりと彼女の決断を受け入れてくれたのだ。このときの彼の言葉は、ファンならずともキュンと来るものがある。ぜひ、本書で直接確認していただきたい。
他方、事務所社長の小野田は当初、田島には向井のためにも現場復帰を望んでいたものの、のちになって2人は最高のタイミングで別れたのだと思うようになったと語っている。これというのも、それまで田島に頼りっきりだった向井が、彼女がいなくなって初めて自分で考えるようになり、それにより本当の意味で独り立ちすることができたからだという。考えてみればこれは、田島が最初の事務所をやめたときの状況と重なる。
小野田いわく、タレントはたいていマネージャーが代わると、どうしても新しいマネージャーのなかに前のマネージャーの「代わり」を探してしまうものだという。だが、向井はそういう発想を持たず、自分で責任を持ってやると決めたのだった。新しいマネージャーのなかに前のマネージャーの「代わり」を探してしまう……何だか恋人同士のようだけれども、しかし小野田はこうも語っている。
《タレントとマネージャーは、夫婦でもないし恋人でもない。
カッコよく言うと、永遠の片想いなんです。
マネージャーがタレントに、永遠の片想いをしている。
だから片想いを素敵だと思えない人は、マネージャーをやならいほうがいいと思います。
だって、感謝されようなんて思ったら、いいマネージャーにはなれません。
タレントに感謝されたくて仕事をしているのではなくて、それを見に来るお客さんに喜んでもらうためにしているので。それがエンターテインメントの仕事なんです》
田島がマネージャーとして向井を売り出すことに成功したのは、彼に惚れぬき、あれこれと手を尽くした結果であった。片想いはかなわないからこそ片想いなのだが、それを田島は、相手を「捨てる」ことによって成就させたということもできるのではないか。なにしろ、それによって向井はさらに成長したのだし、彼女は母親という代わりのきかない立場に専念できるようになったのだから。(近藤正高)