今や空前の「長いタイトル」ブームです。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』とか。

そんな中発売された『俺が童貞を捨てたら死ぬ件について』も、ラノベチックなほんわか話だろうなと思ったわけですよ。
表紙もなんか女の子かわいいし。童貞ってワード入ってるからエロそうだし。

違った。だまされた!
これ、えらい骨太なSFで、ミステリーじゃないか。
明るくハッピーそうな題名なんですが、内容は極めてシビアで、ヒリヒリした空気あふれる作品になっています。

物語は、主人公の和也が殺されるシーンからはじまります。
その時だいたい30前後。そして時代は今。
ところがページが変わると、うってかわって明るい高校生達の生活が描かれます。
え、あれ? なにこれ。
和也は高校二年生。
無二の親友正己とのんびりライフを送っています。おおよそ殺す・殺されるとは関係ない生活。

おかしい。あの殺されるビジョンはなんだったのか。
そんなことを気にしながら生活をするうちに、一気に様々なものがフラッシュバック。
まず高校二年生の彼らがいるのは1998年。自分が殺される15年前です。
和也は覚えているのです。
まず先輩の彼女に迫られて童貞を奪われ、そこでボコボコに殴られる。フラグ1。
次にクラスの目立たないメガネ少女五月女と性関係を持って好きでもないのに付き合う。フラグ2。

他にも学校の色々な女の子と関係を持つプレイボーイになる。フラグ3。
そして……15年後の現在、殺される。

話は非常に複雑。
和也は「30前後の自分が高校二年生の体になぜか入っている」ということを認識しはじめます。
当然、殺されたくない。でも殺される理由が一切わからない。そもそもなんでここに戻ってきたのかわからない。
何故忘れて普通の高校生活を送っていたのかもわからない。

読書少女の五月女さん(かわいい)の解説で、様々なSF要素が絡んでいることがわかります。
たとえばバタフライ効果
北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起きる、という比喩で、どうでもいいような小さな出来事が、気づけばとんでもなく大きな事件を引き起こすことになる、という話です。

和也が過ごしてきた高校時代から大人までの間の何か、本当に本人が気にしていないような出来事が、未来の自分を殺してしまうかもしれない、ということでもあります。映画『バタフライ・エフェクト』も引き合いに出されています。
だからこそ、まずはわかりやすいところ、「先輩の彼女と初体験しない(フラグ1)」「五月女と付き合わない(フラグ2)」というところから防壁を作っていきます。

ところがバタフライ・エフェクトに相対するものとして親殺しのパラドックスもあげられます。SF作家ルネ・バルジャベルの書いたタイムパラドックスです。
過去に戻って親を殺そうとしても、そもそも自分が存在している=親がいるので成り立たない、殺すことはできないという、歴史をくつがえせない矛盾のこと。
もしこの両方が和也に適用されるとしたら、過去のフラグを書き換える行動をどうとっても、最終的には殺される事実は変わらない、ということになる。もし「殺された」というのがタイムスリップのトリガーになっているのならば。
おやおや……面白くなってきたよ。

この作品がすごいのは、SF要素にハーレムラブコメを持ってきているのですが、そこの説得力がとてつもなく強いこと。
女の子が迫ってきたウワーってのは多々ありますが、違うんですよ。
和也は回避しようと必死なので気づいていないのですが、彼の中身はもう30代の男性なわけです。

今までは幼い斜に構えた高校生だったのが、気づかないうちに落ち着いた言動と気の利いた会話ができる大人っぷりを見せたら、そりゃ高校生女子なら惚れますよ。
先輩に対しても大人から子供扱いですからね。
奇しくも、すべての恋愛(あるいはセフレ)フラグを折るはずが、逆に女の子達を引き寄せてしまっているんです。

通常ならこれがおいしいところですし、楽しい部分なんですが、この作品においては別。
だって、そういうフラグたってしまうと、自分死ぬ確率があがるんです。バタフライの羽ばたきが増えるんです。
少なくとも童貞は捨てないことでフラグを折った。けれどもそれによって、いびつに人間関係がねじれて、自分の死のカウントダウンがどこからはじまるかわからない。
導火線に火を付けないつもりが、思わぬところでついてしまう。
ニヤニヤできません。すっごい緊迫したヒリヒリした空気に包まれた作品に仕上がっています。

これが98年のラブコメグラフィティならよかったのにね……でもそうではないから面白い。

プレイボーイの限りを尽くした方の高校時代の和也は殆ど描かれませんが、これがかなりイヤな感じなヤツなのもユニーク。これなら他の誰かに殺されるかもねってくらい。
今は30代で落ち着いており、優しく意思のしっかりしたよい少年(のようななにか)として描かれている。いい意味で大人としてずるい。
この対比でさらに人間関係のねじれが起きています。思いもしないところでフラグが立ってしまったり。
死ぬのか? やっぱり死ぬのか?

長いタイトルは萌え作品、というのを逆手にとった本格派SFミステリー。
確かに可愛い女の子はたくさん出てくるけど、だれが自分の死を引き起こす爆弾かわからない緊張感。
面白いです。特に30代にさしかかり、1998年に青春時代を送った人は、タイトルに臆さず読んでみて。

若林裕介、 もりた毬太 『俺が童貞を捨てたら死ぬ件について』

(たまごまご)
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