ウツのエッセイ本は今、たくさん増えています。
ウツ発症者と、ウツの近親者を抱える人には、ウツ体験の本を読むのは最高の心のケアの一つです。
「自分だけじゃないんだ」「そうそう、わかってもらえないんだよ」と知るだけで、随分違うんです。
そんな中、強烈なエッセイコミックが出ました。
『ソーウツ夫を救え!! ウツな私の熱血ライフ』は、すごいよ。
まず、ホラー漫画家稲垣みさお自身が「ウツ」。
そして夫が躁鬱(そううつ)という、家族グダグダどころか、山あり谷ありすぎる一家を、軽快に描いたエッセイなんです。
なかなか理解しづらい、理解してもらえない「そううつ」。
ここで気になるのが、「そううつ」と「ウツ」は違うのか?という問題。
作者の稲垣みさおは「うつ」なので、気分が落ち込んで何もできなくなる、スイッチが入ると身動きすら取れなくなる、という苦しみを抱えています。過去に摂食障害の経験も。
で、このマンガはその「ウツ」を描いたものではなく、「ウツ」の奥さんが見た、夫の「そううつ」を描いた本。
「躁鬱」は正式には現在「双極性障害」と呼ばれるもの。ダウナーで生きる気力を見失う「ウツ」に対し、「躁」は気持ちがアッパーになり、テンションが常に高い状態。これも病気です。
このアップダウンの繰り返しが起きるのが「双極性障害」。旦那さんはこれになったわけです。
ところがこの「躁」状態というのが、ひっじょーに見分けづらい。
極度の「躁」の場合は、暴力的行動にでたり、性的に無茶を繰り返したり、お金を使い込んだりと目立ちやすい行動に出ることもありますが、そればかりが「躁」じゃない。
双極性障害障害には二種類あります。
I型は、ウツ状態とソウ状態を繰り返すもの。
II型は、ウツ状態で軽躁状態を伴うものです。
この「軽躁」状態がクセモノ。「軽躁」は「ちょっと元気」「テンションの高い人」「がんばりやさん」にしか見えないんですよ。
旦那さんは働きやで熱心で明るく……それは「軽躁」だったのです。
この作品でも、最初の頃は夫は「ウツ」と様々な病院で診断され、うつ病の薬を飲んでいました。薬の名前もはっきり出ています。
これが非常にまずかった。抗うつ剤の中には、うつを抑え、気持ちを楽にする作用のものがあります。
それを、しかも躁状態で過剰に飲んでいたら、「そう」を持っている彼の場合どうなるか……上限のリミッターがパンクしてしまっちゃうんです。
マンガの中では、道路に寝転んで大騒ぎしていた、というギャグマンガみたいな展開になっています。
でもこれが本当だから大変。夫の寄せるコメントにはこうあります。
「ある時を境にぼくの精神は見事に崩壊してしまったのです。その後は公共の道路で錯乱、救急車で運ばれて入院、身体中を拘束、独房のような病室に監禁と見事にクルクルパーの四連コンボをかましてしまったのでした」
人とかかわらずにいたら自我が崩壊、躁鬱がピークに達してしまって、奥さん大混乱です。
実際は、双極性障害の場合、精神の「波」をいかに小さくするかが重要です。
上げる、下げるではなくて、大きかった波を、できるだけ小さい波にする。そのための薬が必要。
違う薬を飲んでいると、その場はテンションがあがってよくても、後から波が大きくなるばかり。
うつと双極性障害の診断は極めて難しいのですが、作中では医師選びがいかに大切かも、丁寧に述べられています。ものっすごい何件も回ってるんですよ。
一つの合わないお医者さんに頼るより、自分にあったお医者さん選びが大事。
夫婦そろって「うつスイッチ」があるのも大変。
夫側が妻を喜ばせようとしたら、妻にうつスイッチが入っていたたまれなくなることもある。
妻が元気で出かけようとしたら、夫は突然座り込んでしまったり泣き出したり。
この「スイッチ」がなんなのかは、一切わかりません、本人にも、医者にも、相手にも。
こんなんで夫婦生活うまくいくんだろうか?
興味深いのは、原発事故以降の話が具体的に話されていること。
3月の原発事故の放射能問題は、日本人総うつ状態にさせるくらい気分を落ち込ませるものでした。
ウツの奥さんとそううつの旦那さんにしてみたら……もう耐え切れるような問題じゃないわけです。
特にウツの奥さんは、あまりの恐怖に沖縄のマンスリーマンションを借りて一時的に避難することになります。
そううつの旦那も……となるはずなのですが、ここが大変なところでして。
軽ソウ状態だと「仕事するよ」とか言っちゃうんです。すぐにウツになって「一人でいるのは怖い」「やっぱり会社の面接に」「やっぱり怖い」の繰り返し。この波が本当にキツい、本人も奥さんも。
那覇に行った奥さんと娘は、沖縄を堪能してはしゃぐも、旦那さんはウツモードに突入してしまってどこにいっても笑顔にならない!
……でもこれ、実はマシだったり。
よくはないんだけど、波が激しくコロコロ変わるよりはいい。奥さんと医師の判断で、薬を増やせないことも理解しています。
ほんっとうに、難しい。
その後、名古屋に引っ越して、旦那が関西弁恐怖症になったり、それでも辛いながらもバイトをはじめたり、ちょっとずつ快方に向かう様子が描かれています。
双極性障害は、長く付き合って行かないといけないものです。
心の調子がよくなると、ストレスが体の方に出てくる、というのはぼくも知らず、目からうろこ。
体調を崩すことで、精神病快方の希望が見える……なんだか不思議ですが、あるんですよ。
確かに旦那の双極性障害は、うまくやっていくしかありません。
奥さんも初期の唐突な旦那のソウに対してトラウマがあって、なかなか踏み出せない事が多いです。
不安は山ほど抱えています。それでも生きていかざるをえない。
幸せとはなんなのか、なーんて考えてる暇ない! 今は目の前の日常を過ごすことでいっぱいいっぱいなんだ!
大事なのは「病気を治す」「これは不幸」という考えではなく、それも人生なんだよなあ、と受け止めることであるのを、このマンガは描いています。
「私としては、心から病と戦う人を尊敬し、病の裏に隠された素晴らしい人間性を愛してやまないのです。ヒイト(旦那さん)の躁鬱は治らないだろうと思ってるし、一生病と付き合うつもりでいます。もちろん、回復したら嬉しいですけどね。でも、病だから不幸な人生、っていう決め付けは、なしです(あとがきより)」
強烈なのが作中にある、自分や旦那の写真。
元気だった頃と、躁鬱の頃の写真を載せているんですが、これがちょっとやらせとかでは到底ありえない代物。リアルな双極性障害の様子が見えます。
これ載せるの勇気必要だったろうなあ。
でもね、見ていてその極度のウツっぷりに、逆に勇気をもらえるんだ。
変な話ですが、ウツな自分てそもそも見せたくないですからね。ああ、こうやって苦労している人もいるんだ、自分が辛いだけじゃないんだ、と。
以前は『夫婦で鬱るんです それでも育児は可能です!!』という本で、ウツ夫婦の出産・育児を描いた作者。
今回はソウウツと震災、育ってきた子供に逆に支えられる様子を中心に描かれています。
いやはや、内容も笑える割に壮絶ですが、夫が働けない中、ウツと戦いながら一家の大黒柱としてこれらのマンガを、笑いとして描き続けてきた作者に、心から敬意の念を示したいです。
稲垣みさお
『ソーウツ夫を救え!! ウツな私の熱血ライフ』
『夫婦で鬱るんです それでも育児は可能です!!』
(たまごまご)