宇宙最小の素子の一つである原子を使って製作された世界最小の映画「A Boy and His Atom(少年と彼の原子)」(ギネス記録認定)が5月1日に米国で発表された。だが、米国の映画だからといってハリウッドで活躍するお馴染みの監督やクリエイターが製作したのではない。実は、つくったのはIT企業の米IBMの研究員なのである。一体どんな目的で、どんな技術でこの映画が実現したのか。
銀色の世界で踊る原子たち
映画の登場人物はタイトルの通り、原子の丸い粒とそれら原子で形づくられた少年。少年の前に突如現れた原子といっしょにリズミカルなBGMに合わせて踊ったり、キャッチボールしたり、トランポリンの上で跳ねたりしながら旅をするというストーリー。わずか2分足らずの映画ながら、何千もの正確に配置された原子を用いて約250フレームのこま撮り撮影が行われたという。
銀色のモノトーンの世界で、チョロチョロと動き回る原子たちはまるで生き物のように生き生きとしており、とくに少年が原子のトランポリンの上で跳ねているシーンがとても楽しげで印象的である。しかし、魔法使いではあるまいし、肉眼ではまったく見えない微小な原子をこのように自在に動かすことがなぜ可能なのか。
原子を一億倍超に拡大できる顕微鏡
今からもう30年以上前の1981年に同社2名の研究員(ゲルト・ビーニッヒ および ハインリッヒ・ローラー)が開発した「走査型トンネル顕微鏡 scanning tunneling microscope(STM)」(86年ノーベル賞を受賞)を使って原子を動かし映画製作した。当時すでにナノレベル(1メートルの10億分の1)の観測ができる技術を持っていたのは驚き。しかも、な、な、なんと、原子の表面を約1億倍に拡大して観察することができる(!?)のだ。まったく想像もつかない倍率である。
この走査型トンネル顕微鏡の原理は簡単に言うと、物質表面に針から電気を流しながらスキャニングすることで映像化するというもの。その際に、「原子のトンネル効果」を利用する。不思議なことだが、物質と針が触れていなくても空気の壁を電子がすり抜けて電気が伝わるという現象だ。だから、原子に触れずに原子の形をなぞっていけるわけ。
マイナス268度の環境で映画撮影
もうひとつ疑問は原子をどうやって自在に動かせるのか。分子と分子を近づけることで引力が生じる現象(分子間引力)を針によって故意にひき起こし、それによって巧みに原子を操作するのだという。しかも、マイナス268度という絶対零度に近い環境で撮影が行われた。
このわけは、室温だと原子がじっとしていないのでうまく操作するのが不可能だからだそうだ。原子ってこんな性質があったとは知らなかった。これも90年にすでにIBMの科学者が個々の原子を移動し配置する方法を発見していた。当時、その有効性を実証するために、「I-B-M」の文字を完全に綴って見せたのだ。
技術は一日にしてならず
このような小さな原子の映画ができたのは、以上の説明のようにIBM研究員が何十年にも渡ってデータ記録の限界を探求すべく、ナノスケールレベルで材料の研究を行ってきたからにほかならいない。
成果がでるかどうかも、何年かかるかどうかも分からない中で、その研究をすることを決断し、人員を割くことを決断したことが、今回の技術を生んだ背景だといえよう。また、これを実現できたのは、あきらめず貧欲にチャレンジし続ける優秀な研究員と、その取り組みが社員を尊重し大切にするIBMの社風のようだ。
今後、IBMの東京基礎研究所と日本の優秀な材料メーカーがコラボすることで、さらなるイノベーションを起こしていきたいという。
全世界の映画を爪の先ほどのチップに
原子を観測し、自在に動かす技術は私たちの生活を大きく変化させ、より快適な生活を実現するかも知れない。というのは、同IBM研究員が走査型トンネル顕微鏡を使って世界最小の磁性ビットも製作したのだ。
これにより、1ビット分の記録データをそれまでは100万個の原子が必要だったのが12個の原子で実現する。たとえば、今まで製作されてきた全世界の映画データすべて(!?)を指の爪の大きさくらいのチップに記録することが将来可能になるという。こんな夢のようなことが実現してしまうのだろうか。
しかし、そんな膨大なデータをワンチップに納めることで、具体的に何に役立つのか。一つの例として広大無辺の宇宙で……。地球では大量のデータを保存する場所も転送手段もあるが、遠い宇宙では限られてしまう。そこで、ロケット内にデータを持ち込むしかないのだが、「重いもの、大きいもの」はダメ。
できるだけ軽くて小さくする必要がある。たとえば、ペンダントの中に人類の全歴史や科学的研究資料が入れられれば、狭い宇宙船の中でもさまざまな研究、実験がやりやすくなる。そう考えると、原子の微細な技術は凄い意義のある発明である。
この原子レベルの不思議な映像の中には、(ナノテクノロジーによって)我々が生きる現実世界の未来を切り開くための大いなる可能性が秘められているわけだ。
動画はこちら http://www.youtube.com/watch?v=oSCX78-8-q0
銀色の世界で踊る原子たち
映画の登場人物はタイトルの通り、原子の丸い粒とそれら原子で形づくられた少年。少年の前に突如現れた原子といっしょにリズミカルなBGMに合わせて踊ったり、キャッチボールしたり、トランポリンの上で跳ねたりしながら旅をするというストーリー。わずか2分足らずの映画ながら、何千もの正確に配置された原子を用いて約250フレームのこま撮り撮影が行われたという。
銀色のモノトーンの世界で、チョロチョロと動き回る原子たちはまるで生き物のように生き生きとしており、とくに少年が原子のトランポリンの上で跳ねているシーンがとても楽しげで印象的である。しかし、魔法使いではあるまいし、肉眼ではまったく見えない微小な原子をこのように自在に動かすことがなぜ可能なのか。
原子を一億倍超に拡大できる顕微鏡
今からもう30年以上前の1981年に同社2名の研究員(ゲルト・ビーニッヒ および ハインリッヒ・ローラー)が開発した「走査型トンネル顕微鏡 scanning tunneling microscope(STM)」(86年ノーベル賞を受賞)を使って原子を動かし映画製作した。当時すでにナノレベル(1メートルの10億分の1)の観測ができる技術を持っていたのは驚き。しかも、な、な、なんと、原子の表面を約1億倍に拡大して観察することができる(!?)のだ。まったく想像もつかない倍率である。
この走査型トンネル顕微鏡の原理は簡単に言うと、物質表面に針から電気を流しながらスキャニングすることで映像化するというもの。その際に、「原子のトンネル効果」を利用する。不思議なことだが、物質と針が触れていなくても空気の壁を電子がすり抜けて電気が伝わるという現象だ。だから、原子に触れずに原子の形をなぞっていけるわけ。
マイナス268度の環境で映画撮影
もうひとつ疑問は原子をどうやって自在に動かせるのか。分子と分子を近づけることで引力が生じる現象(分子間引力)を針によって故意にひき起こし、それによって巧みに原子を操作するのだという。しかも、マイナス268度という絶対零度に近い環境で撮影が行われた。
このわけは、室温だと原子がじっとしていないのでうまく操作するのが不可能だからだそうだ。原子ってこんな性質があったとは知らなかった。これも90年にすでにIBMの科学者が個々の原子を移動し配置する方法を発見していた。当時、その有効性を実証するために、「I-B-M」の文字を完全に綴って見せたのだ。
技術は一日にしてならず
このような小さな原子の映画ができたのは、以上の説明のようにIBM研究員が何十年にも渡ってデータ記録の限界を探求すべく、ナノスケールレベルで材料の研究を行ってきたからにほかならいない。
成果がでるかどうかも、何年かかるかどうかも分からない中で、その研究をすることを決断し、人員を割くことを決断したことが、今回の技術を生んだ背景だといえよう。また、これを実現できたのは、あきらめず貧欲にチャレンジし続ける優秀な研究員と、その取り組みが社員を尊重し大切にするIBMの社風のようだ。
今後、IBMの東京基礎研究所と日本の優秀な材料メーカーがコラボすることで、さらなるイノベーションを起こしていきたいという。
全世界の映画を爪の先ほどのチップに
原子を観測し、自在に動かす技術は私たちの生活を大きく変化させ、より快適な生活を実現するかも知れない。というのは、同IBM研究員が走査型トンネル顕微鏡を使って世界最小の磁性ビットも製作したのだ。
これにより、1ビット分の記録データをそれまでは100万個の原子が必要だったのが12個の原子で実現する。たとえば、今まで製作されてきた全世界の映画データすべて(!?)を指の爪の大きさくらいのチップに記録することが将来可能になるという。こんな夢のようなことが実現してしまうのだろうか。
しかし、そんな膨大なデータをワンチップに納めることで、具体的に何に役立つのか。一つの例として広大無辺の宇宙で……。地球では大量のデータを保存する場所も転送手段もあるが、遠い宇宙では限られてしまう。そこで、ロケット内にデータを持ち込むしかないのだが、「重いもの、大きいもの」はダメ。
できるだけ軽くて小さくする必要がある。たとえば、ペンダントの中に人類の全歴史や科学的研究資料が入れられれば、狭い宇宙船の中でもさまざまな研究、実験がやりやすくなる。そう考えると、原子の微細な技術は凄い意義のある発明である。
この原子レベルの不思議な映像の中には、(ナノテクノロジーによって)我々が生きる現実世界の未来を切り開くための大いなる可能性が秘められているわけだ。
動画はこちら http://www.youtube.com/watch?v=oSCX78-8-q0
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