日本シリーズの真っ最中だが、“文系野球ファン”にとっては観戦とともに、積読を消化するべくうれしい悲鳴を上げるきょうこのごろである。何しろ今年の秋は野球本が豊作だから。
先だって大山くまおさんがレビューしていた中日ドラゴンズの新GM・落合博満の映画評論集『戦士の休息』のほか、ノンフィクション作家の長谷川晶一が、不祥事を起こしたある高校野球部の部員たちのその後を追った『夏を赦す』も気になるし、今月創刊されたばかりの『屋上野球』という雑誌は、まさに文系野球ファンのツボを押さえた内容になっていて、ページをめくっているだけで楽しい。

そこへ来て、『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』という本が出た。木田優夫といえば、私のなかでは、毎年クリスマスイブ恒例の番組「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」に、トナカイの着ぐるみで出演している姿がまず思い出される。

いやいやいや、もちろん肝心の野球でも木田は大きな足跡を残しているのだが。日大明誠高校からドラフト1位で入った読売ジャイアンツをふりだしに、オリックス・ブルーウェーブ、それから米メジャーリーグのデトロイト・タイガースに移籍、オリックスにいったん復帰したのち、またメジャーのロサンゼルス・ドジャース、シアトル・マリナーズと渡り歩き、さらに日本球界に戻って東京ヤクルトスワローズ、北海道日本ハムファイターズに在籍、今年からはプロ野球独立リーグのひとつBCリーグの石川ミリオンスターズに「投手兼営業」という肩書で所属している。

NPBでは8球団を渡り歩いた後藤修(現在はゴルフ指導者)が最多記録保持者だということを考えれば、日米7球団に加え独立リーグでいまなお現役を続ける木田は驚嘆すべき存在なのだ(私も今回あらためて知って驚いた)。それにもかかわらず、偉ぶったところがちっともない、木田のキャラクターに親しみを感じる。

今回の新刊も、多くの球団を渡り歩いた木田だからこそ書けた本といえる。書名に掲げられた「プロ野球選手迷鑑」は本書の第一部にあたり、自分の所属した各チームの選手や指導者、他チームのライバル、それから明石家さんまをはじめ交友のある人たちについて紹介している。

「迷鑑」の各ページでは、「どんな選手?」「僕(木田)との関わり」「エピソードや噂」という共通項目を立てての本文とあわせ、人物ごとに項目を違えた「評価」が星の数(最大3つ)で示されていて面白い。たとえば、日本ではヤクルトと阪神で活躍したラリー・パリッシュの「評価」は「飛距離――星3つ/ワニLOVE度――星3つ/指導力――星2つ」といった具合。このうち「ワニLOVE」とは、ある世代以上の野球ファンにはよく知られるように、パリッシュの趣味がワニを捕まえて食べるというものだったから。


本文によれば、木田との因縁も深い。巨人時代、自分の投手人生のなかで、いちばん大きなホームランを打たれた相手がパリッシュだったという。そればかりか、メジャーに移籍して最初に入ったチーム(デトロイト・タイガース)の監督もパリッシュだった。

日本とアメリカにおける野球文化の違いについての言及もなかなか鋭い。日本の野球ファンは、球界の体制など何につけて「メジャーリーグではこうなのに、日本のプロ野球は……」とつい腐してしまいがちだけど、一概に向こうがいいとは言い切れないようだ。

たとえば、「日本では球場のスタンドにネットが張られていて観戦するのに邪魔だが、アメリカではそれがないので開放的」という議論がある。だが、メジャー関係者のあいだでは最近、安全面からあのネットが注目されているのだという。木田はまた、《ネットの有無は食文化とも関係していると思います》とも書く。ようするに、アメリカの場合、球場での食事はホットドッグが主流だから、前を向きながら食べられるけど、弁当文化の日本では、どうしても食べていると下を向く瞬間が生まれてしまうので、やはりネットがないと危険というわけだ。

さて、本書でもっとも注目すべきというか、やはり印象に残るのは、人物ごとに描かれた似顔絵だろう。これらは木田自身の手になるもの。巨人時代にひょんなことから日本テレビ「ズームイン!!朝!」で似顔絵を描くようになって以降、あちこちから依頼を受け、ついには東京ドームのオーロラビジョン用の絵を描いたり、ドーム内で個展を開くまでになった。
この本は「画伯」としての木田の集大成ともいえる。

一読者として率直に感想を述べるなら、デッサン力があるかどうかという次元では下手なんだけど、似顔絵が似てるかどうかで見ればなかなか上手いと思う(上から目線でごめんなさい)。

「絵が上手いと似顔絵が上手いとは必ずしもイコールではない」とは美術家の赤瀬川原平の言葉だったか。たしかに、高度なデッサン力をもってゴリゴリのリアリズムで描かれた人物像よりも、点と線だけで描いたような似顔絵のほうが似ているということはざらにある。イラストレーターの山藤章二が、「田中角栄というと、風刺漫画などではダンゴ鼻で描かれることが多かったが、実際の角さんはダンゴ鼻ではなかった」と指摘していたことも思い出す。つまり、たとえ実物と相違があっても、人々が抱いている印象を忠実に再現してさえいれば似てしまう、というわけである。

そんなウンチクはともかく、この本は、似顔絵だけ見ていても十分に楽しめる。私がいちばん気に入ったのは川相昌弘。これは、阿知波秀幸や元木大介などの似顔にもいえるのだが、シンプルなのに、何でこんなに似てるんだろう。本書のなかでオリックス編とマリナーズ編の両方に登場するイチローもサラリと描かれ、いかにも手慣れた感じ。

子供の頃から木田のあこがれの選手で、巨人入団時の監督である王貞治は、よくありがちな、ホームベース型の輪郭に、ピンポン玉のような目玉と二重丸の口を並べるという記号的な絵ではなく、二重まぶたにキリリとした太い眉毛と、イケメン風に描かれ、リスペクトがうかがえる。

これら似顔絵が“ストレート”とするなら、“変化球”もある。
巨人時代の同僚・クロマティは口が隠れるほど風船ガムをふくらませているし、大口を開けた中畑清は、キャップを深くかぶっていて目が隠れている。それでも雰囲気は伝わってくるから不思議だ。

独創性の高さで一点選ぶとすれば、巨人時代の先輩投手である槙原寛己の似顔絵につきる。二重まぶたに長いまつ毛、少女マンガチックな輝く瞳と、薄い髪・濃いヒゲとのコントラストが絶妙だ。槙原のまつ毛が長いなんて気づかなかったなあ。

槙原の似顔絵は、現役時代の「Before」と現在の「After」とに描き分けられているうえ、《99年、僕がメジャーに行く時に、絶対にこれだけは忘れまい! と持って行ったのが、槙原さんと一緒に買った養毛剤。僕はその養毛剤を真面目に使ったおかげか、なんとかまだ大丈夫だけど、槙原さんは…》との一文まで付されている。そこは、触れないであげて……。

本書第二部の「木田優夫の日米球界クロニクル」の末尾で木田は、《僕の今の目標は、体をもう一度鍛え直し、150キロの球速を取り戻してNPBに復帰すること。まだまだ挑戦を続けていきます》と書いている。45歳にしてこの目標。近い将来、同じアラフィフ世代の山本昌との対決が実現したのなら最高なんですが。


ちなみに木田のお笑いの師匠は明石家さんまと思いきや、村上ショージなんだとか。そうだったのか! 分析の鋭さとか、似顔絵のうまさとか、意外づくめのこの本で私がいちばん驚いたのが、この事実でした。ドゥーン!!

※三省堂書店神保町本店で、2013年11月3日(日)に『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』の刊行を記念して、著者のサイン会が開催されます。詳細はこちらをご確認ください。

(近藤正高)
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