都内で行われた有馬記念のイベントでの徳光和夫と野村克也のやりとりの記事がちょっとした話題になっている。
かつて、教え子である古田敦也はこう言った。
「僕は野村監督に一度たりとも誉められたことがないんですよ」
これこそ、古田が一流だった証だ。皮肉なことに、一流選手こそ非難する芸当が身に付いてしまったことで、希代の野球人・野村克也が真に認める人物は誰なのか、という点が分かりにくくなっている。それだけに、今回紹介する『私の教え子ベストナイン』は、数ある野村克也本の中でも異彩を放つ。書籍でも常にボヤいているノムさんが褒めまくる一冊。この1点だけで読む価値がある。
タイトル通り、本書では野村克也の監督生活24年の教え子の中から、ベストナインを選定していく。ベストナインと言いつつ9人に絞りきれなかったため、「救援投手」「4人目の外野手」「再生投手」「再生打者」を加えて合計13名が選出されている。ここでその「ベストナイン」が誰だったかは野暮なので書かない。ぜひ本書を読んで確かめて欲しい。
そして、この本の醍醐味は「野村ベストナイン」を知ることにあらず。ベストナイン選定の前段階として、かつて監督を務めた南海・ヤクルト・阪神・楽天の中から候補者50人を選定しているのだが、どこを切っても球史に名を残す人名ばかり。彼らの野村評を読むだけで球史の一端を知ることできるとともに、ポジション別の評価になっているので、それぞれの守備位置や打順の「野村の教え」を味わうことができる贅沢な作りになっている。
たとえば、【投手・先発編】では、南海のエース杉浦忠やカットボールの元祖・皆川睦雄。ヤクルト時代では歴代最強の高速スライダー・伊藤智仁、今季限りでの引退を表明した石井一久。阪神時代からは井川慶。そして楽天からは岩隈久志と田中将大がノミネート。
【投手・救援編】では、江夏豊と高津臣吾という、球史を代表するストッパーとともに、阪神時代の葛西稔・遠山奨志をセットでノミネートしてみたりと、日本の投手分業制を先駆けて実践してきた野村監督ならではの視点が垣間見える。
以降の野手編でも、古田敦也、宮本慎也、広澤克実、稲葉篤紀、門田博光、新庄剛志、赤星憲広、山崎武司らが名を連ねるのだが、改めて気づくのは、名球会や野球殿堂入りを果たした選手、そしてタイトルホルダーが実に多いことだ。
野村監督はよく、「弱いチームばかりを任されてきた」とぼやく。実際、南海・ヤクルト・阪神・楽天と、どのチームも野村監督就任前は最下位争いの常連だった。しかし、選手名だけを改めて振り返れば、決して「弱いメンバー」の集まりではなかったことが本書を読むことで再確認できる。
本書の中にはこんな一節がある。
《おかげさまで「野村再生工場」という評価を頂戴している。ほんとちょっとしたことで人間は随分と変わるものだ。「進歩とは変わること」「変わることが進歩」なのだ。それを気づかせてあげるのが、口はばったく言えば「野村再生工場」だ》
土橋勝征の項で出てくる次の言葉も引いておきたい
《野球は筋書きのないドラマだ。ドラマには主役と脇役がある。脇役がいてこそ、主役が光る。土橋、お前は典型的な脇役タイプや。二塁手や二番打者の条件や役割など勉強して、いい脇役を目指せ。(中略)主役を彩る土橋こそ「脇役の主役」だ》
プロ野球12球団約850名。そもそもプロ入りを果たすような人間は、やはり選ばれた人種なのだ。だからこそ、勝敗を分けるポイント、成功と失敗の分水嶺はちょっとした意識の違いでしかないことが、本書を読むことで改めて感じることができるのではないだろうか。
最後に、本書で最もベタ褒めしている選手がいるので、その人名だけ明かしておきたい。
その選手の名は「野村克也」。候補選手50人の中に、ちゃっかり【捕手】で「野村克也」をノミネート。しかも、他の選手がそれぞれ4~5ページで解説しているのに対して、「野村克也」のページは「捕手編」と「打者編」に分け、28ページも費やしている。
他のページでも、《カットファストボール、牽制球から相手の作戦を見抜く方法。クイック投法、首振り、データの収集・活用……。口はばったいけれど、色々な意味で私も日本プロ野球を随分変え、相当貢献していると思うのだが、誰も「野村が最初だ」と言ってくれないのは残念だ》とボヤいてみせたり、矢野燿大が引退記者会見で「自分が今日あるのは星野監督のおかげです」と発したことに噛みついてみせる。随所に、自分大好きが散見するのが、実に野村克也の本らしい。
『私の教え子ベストナイン』、最優秀選手を選ぶとすればやっぱり野村克也なのだろうか。
(オグマナオト)