第一楽章、tacet
第二楽章、tacet
第三楽章、tacet
三つの楽章全部に「休止」という指示。
つまり、演奏者は、ずっと音を出さないという音楽だ。
初演は、1952年8月29日、場所はウッドストック。
ピアニストのデヴィッド・チュードアが演奏した。
演奏といっても、ピアノの音はまったく出さないのだけれど。
なんとも奇妙なこの音楽について、3時間の講義を5回もやって(15時間!)、それをまるまる一冊の本にまとめた講義録が出た。
佐々木敦『「4分33秒」論』。
ジョン・ケージの他の曲や、ジョン・ケージ自身のこと(キノコマニア!)を紹介するような内容ではない。
あくまでも「4分33秒」を考察し、「4分33秒」から思考をどこまで拡げていけるかという試み。
“なぜ、音楽という営み/試みが存在するのか。音楽とは、いったい何をすることなのか。何を「音楽」と呼ぶのか、などといった、あらためて問うまでもないようでありながら、いざ問うてみるとなんだかよくわからなくなってくるような問いですね。そうした問を突き詰めていった果てに、あるいはそもそものすべての始まりに、忽然と現れる、立ちはだかるのが、ジョン・ケージの『4分33秒』という作品であると思うわけです。
どんな講義なのか。全曲「4分33秒」というオムニバスアルバムがあって、それを聞きながら解説する二日目の講義を少し紹介しよう。
“キース・ロウというギタリストが冒頭に入っています。ギタリストといってもプリペアドギターというか、完全に解体されたギターをテーブルトップで「ピー」とか鳴らすという、まったくフレージングをしないギタリストなんですけれども。そのキース・ロウがまず一曲目。
(CDを再生)
こうやって僕が説明して無音のCDを流すというのをひたすら続けたらすごいですよね(笑)。三回目は全部それにしようかなと思ったんですが、たぶん僕の方がいたたまれなくなってしまうだろうと思ってやめました”。
こんな感じで、いろいろなアーティストが「4分33秒」をどのように解釈し、演奏するかを紹介していく。
このオムニバスのなかでは、ソニック・ユース(当時)のサーストン・ムーアによるバージョンが楽しい。
なにしろパンク風の演奏、なのだ。
“これを最初に聴いた時は「なんじゃこりゃ!」ってすごいびっくりしました。ふざけているようなものだとは思いますが、サーストン・ムーア本人の説明によるならば『4分33秒』を最初に聴かされた人はたぶんすごくびっくりしただろう。
この講義自体は六年前のもので、あとがきには、六年後の補講として、最近の「事件」をいくつか紹介している。
「『4分33秒』著作権事件」は、
「4分33秒という4分33秒間ずっと無音の曲があるらしく、沈黙を続けると著作権違反となる」というツイートが巻き起こした議論。
「『4分33秒』カラオケ騒動』は、
夜景をバックに、「4分33秒 作詞ジョン・ケージ 作曲ジョン・ケージ 生演奏」というテロップが表示されたカラオケ画面がツイートされた騒動。この画像はネタ画像。実際にはないそうです。
「『4分33秒』が着メロにあった!」というのもあって、これは本当。
ちなみに、世界中の「4' 33"」を聞いたり、演奏を録音したりできる「4' 33" - John Cage - 」ってアプリも存在します。
『「4分33秒」論』目次を引用しよう。
一日目『4分33秒』とは何をするのか
二日目「無為という行為」と「時空間の設定」
三日目『4分33秒』をめぐる言説
四日目『4分33秒』以後の音楽
五日目「聴取」から遠く離れて
驚きなのは、まるまる一冊使って語られても、足りない、もっと考察しなければならないと思えることだ。
“観客は、本来演奏されるはずのピアノの曲のピアノが音を発しないことで、ピアノから音は発せられないけれども、実はその場には音は満ちているということに気づいていく。
何も演奏しない曲が、50年以上たった今でも「音楽とは何か。聴取とはどういうことか」を問いかけていて、それについてさまざまな応答をしている人がいる、ということがわかって感動的だ。
明日、9月11日NHKラジオ第一「すっぴん!」の新刊コンシェルジュ・コーナーで(朝9時ぐらいから)、『「4分33秒」論』を紹介します。ジョン・ケージ「4分33秒」をリクエストして流してもらおうと画策してるのでぜひ聞いてください。(米光一成)