わたしさあ 先週フェスに参加してきたの

話している相手が、そんなことを言ってきたら、あなたならどうするだろうか。まあ、たいていは「そうなんだ~」と普通に受け流すことだろう。


しかし、マンガ『インテリやくざ 文さん』の主人公・文さんは違う。「参加」の一言に引っ掛かる。いや、引っ掛かりまくる。この一見何でもない発言をきっかけに、文さんの脳内には、音楽フェスの模様(想像)が映し出される。ヴォーカリスト、ギタリスト、ドラマー……等々、ステージ上のミュージシャンたちには「参加」とタグ付けされるが、客席で声援を送る先ほどの発言主には「?」マークが付せられる。2順ほどそうしたフェスの模様が繰り返されたのち、文さんは告げる。

自分もライブを形成した一員のつもりで“参加”とのたまってるのかもしれんが 2回考えてみてもやっぱただの客だと思うわ

これは、有名人と同じ場に居合わせただけなのに、ちょっと盛って「会った」などと表現してしまったりする心性と似ている。正確には「見た」だけなのだが、自己顕示欲や自意識が、思わずそうした言葉を発させてしまうのだろう。だが、それを面と向かって指摘されてしまったら……ああ、考えただけでも恥ずかしい。

この小意地の悪い(褒め言葉)漫画は、月刊『裏モノJAPAN』の同名連載(継続中)を一冊にまとめたもの。劇画タッチのインパクトのある絵は、久住昌之(『孤独のグルメ』)とのコンビ「泉昌之」の片割れとしても知られる和泉晴紀が担当している。弁当の食べ進め方を偏執狂的にシミュレーションする「夜行」といった傑作を収録した、泉昌之名義の代表作『かっこいいスキヤキ』(扶桑社文庫)にも通ずる、物事の「細部」への拘泥が凄まじい一冊だ。


先ほどの「フェスに参加」のように、「言葉への違和感」をテーマにしたものだと、「人斬り与太」というエピソードもじつに冴えている。

文さんは、下北沢でバーに入る。カウンターに座ると、若者が近寄ってきて「おれ芝居やってるんですよ」とチラシを差し出してくる。

出たよ演劇人 シバイだと? 素直に「演劇」と言えばいいだろうが

ここでは、「芝居」という言葉に引っ掛かる。文さんにとって、「芝居」と言う若者は、わざと古くさい言葉を使って、気取っているようにしか思えないのだ。だからわざわざ、

つまり演劇だよね これって

などと訂正し、若者の気勢をそぐ。さらに、文さんはバーの他の客にも牙を剥く。「また旅に出ようと思ってさ」と語る男には「(ナニが旅行だ、バカ)それって旅行のことだよね」「私もアジア好きなんです」と語る女性には「(出たよ、アジア好き 貧乏と人情を見てきましたってか?)要するにタイとインドでしょ?」と、容赦ない(括弧内は文さんの心の声)。

文さんの自意識斬りは終わらない。「おれ、波乗りはじめてさ」には「それってサーフィンだよね?」「おれは玉突きにハマってる」には「ビリヤードのことだよね」「おれは単車かな」には「バイクでしょ?」「私、写真に凝ってるの」には「カメラ持って無目的にうろついてるってことだよね」……と、斬っても斬っても切りがない。ついにはブチ切れ、

てめえらいい加減にしやがれ! 命(タマ)とったろか

と啖呵を切るも、「殺すってことですよね」と、斬った相手に逆襲され、ちょっと情けない。 そもそも「やくざ」という設定になってはいるが、それっぽい描写はほとんどなく、それどころかむしろ小市民的ですらある。
人一倍「(人の)自意識」が気になるのも、つまるところ、文さん自身が自意識過剰だからなのだ。それゆえの葛藤を描いたエピソードも少なくない。

とはいえ、本書『インテリやくざ 文さん』の勘所は、世にはびこるウザイ人間や、違和感の元を分け隔てなく斬りまくる、文さんの情け容赦ないウェポンっぷりにある。例えば、今や国民的スポーツとしてアンタッチャブルな地位を確立しつつある「サッカー」(なんせ観戦しない人間は、ワイドショーで非国民扱いされるご時世である)すらも、文さんにかかれば、こんな具合になってしまう。

日本代表の勝利に浮かれる若者(場所はおそらく渋谷)には「今日の勝利はお前とまったく何の関係もないのに その喜び方はおかしいだろう」と諭し(「偽りの民」)、一生懸命、応援幕(「感動をありがとう」と書いてある)を手書きするサポーターたちには「なんで試合前から感動するってわかるんだ?」と反論の余地なしの正論をぶつけ(「いかさま」)、日本代表の勝利を伝える号外を嬉しそうに配る配布員には「まさかお前さん この勝利に一枚噛んでるつもりじゃないだろうな」「別にお前発のニュースじゃないんだから有頂天になるなよ」と釘を刺す(「死闘の果て」)。

ここまで読んで「最低!」なんて思うあなたは、おそらくこの本は読まない方がいいかもしれない。しかし、思わずニヤリとしてしまったあなたは、さらなるニヤニヤを求め、すぐさま手に取ることをお勧めする。居心地の悪い笑いがじわじわと染み渡る、じつに滋味深い一冊である。
(辻本力)
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