神宮球場を本拠地にする球団の「左の中継ぎ投手」という、実際のプロ野球に当てはめてみてもちょっとマイナーな存在。
連載開始当初の年俸が1800万円。
プロ8年目(当時)でこの金額は結構厳しい。
そこから4年が経ち、劇中では3年が経過。
球春を告げるプロ野球キャンプインにあわせるように、『グラゼニ』最終17巻と、新シリーズ『グラゼニ~東京ドーム編~』1巻が、同時発売された。
夏之介に限らず、二軍選手、若手解説者、球団職員、アナウンサー、スポーツ記者など、プロ野球周辺に生息するさまざまな人物を「お金」というものさしで描いてきた本作も、4年も続くと当初の斬新さが影を潜め、正直ちょっとマンネリ気味だった。
そこに来ての、まさかのポスティング&メジャー挑戦! かと思いきやのマイナー契約を経ての日本球界復帰と、丁寧にペナントの行方を描いてきたこれまでとは打って変わって、毎週のように状況が変わる激動のオフシーズンが最終17巻と新シリーズ1巻では描かれていく。
気がつけば夏之介は「球界屈指のセットアッパー」の座にまでのぼりつめ、年俸も出来高も含めれば1億円に達した。
1800万円→1億円。
これぞまさにプロ野球であり、人生の先の見えない面白さだ。
17巻で夏之介は、アメリカ球界挑戦で懇意にしてくれたメジャーのスター選手にこんな言葉を発する。
「This s the “life” ! Life doesn’t always work out how you plan」
(これこそが“人生”! 人生”とはままならないものでしょ。
自らの意思とは関係なく、所属先も年俸も決まっていく不自由さ。
その一方で、誰かに決めてもらうことでようやく決断できることもあるという、まさに“ままならない人生”が一気に展開して実に読み応えがある。
マンネリ化してきた、なんて思ってゴメンナサイ。
思えば、森高夕次(原作者)=コージィ城倉(漫画家)という作家は、常にこのマンネリ化と戦ってきた人物だ。
それは、自身の中のマンネリ化だけでなく、そのジャンルに新風を巻き込む、という意味においても。
漫画家・コージィ城倉では、出世作『砂漠の野球部』でいわゆる王道スポコン漫画を描いたかと思えば、『おれはキャプテン』では理論とデータによって古い野球に打ち勝つという、ある意味で真逆の作品を描いた。
一方原作者・森高夕次では「お金と野球」という視点で『グラゼニ』を描き、間違いなく野球漫画の歴史に一石を投じた。
そしてまだまだその創作意欲は衰えを知らない。
今回、「グラゼニ2冊同時刊行」ということで話題になったが、実は違う。
原作・森高夕次、漫画・木下由一による「美女×温泉×野球」という三重奏、『湯けむり球児』1巻も、『グラゼニ』シリーズと同じ発売日……つまり「原作・森高夕次作品、3冊同時刊行」が正しいのだ。
ただこの『湯けむり球児』にいたっては、もはやこれは野球漫画なのか? と言いたくなるほど。1巻において野球の描写はわずか4ページほど(しかも、試合ではなく練習風景)しかない。
いつになったら野球をするのか?
それともこのまま野球なんかせずに物語は展開していくのか?
気になってつい毎回、掲載誌の『イブニング』を読んでしまう。
まんまと罠にかかっている感じだ。
ちなみに、漫画家・コージィ城倉としては、東京六大学野球をテーマに東京大学に進学した『おれはキャプテン』の主人公・霧隠主将らを描く『ロクダイ』も『マガジンSPECIAL』で連載中。
野球漫画以外でも、『ビックコミックスペリオール』ではコージィ城倉名義で『チェイサー』を、高森夕次名義で『トンネル抜けたら三宅坂』と『江川と西本』の原作を担当している。
もう、どんだけ描きたいことがあるんだ!?
いい大御所なのに、働き過ぎです。
(オグマナオト)