
■森山直太朗コンサートツアー2015『西へ』
2015.06.24(WED) at NHKホール
(※画像8点)
“もはや掘り下げるべきところは心の中だけではないか”という、重厚かつ挑戦的なテーマを内包するアルバム『黄金の心』を携えて、今年1月から全国35ヶ所37公演に及ぶツアーに出た森山直太朗。長い旅の終着点、渋谷・NHKホールで満杯の観客を前に喜怒哀楽がてんこ盛りのツアーファイナルを開催した。

薄暗いステージの中ほど、ピンスポット・ライトに直太朗の姿が浮かび上がると、大いなる拍手が沸き起こりライブの幕は上がった。「ラララ~」と透明感と柔らかさをたたえた歌声で「五線譜を飛行機にして」を歌いはじめただけで、広い草原や青空が脳裏に浮かぶ。さすがの歌ヂカラだ。大きなスクリーンには、歌詞とリンクした紙飛行機の群れがまるで天に昇る龍のようにうねりながら泳ぐ。その映像の美しさと巧みなボーカルで、瞬く間にアルバム『黄金の心』の世界観へと引き込まれた。
続く、ノリのよい「風のララバイ」で早くも観客は総立ちに。心地よいテンポと言葉遊びが楽しい「昔話」や「こんなにも何かを伝えたいのに」と、ウィットに富んでいながらも物事の真理や核心を突く歌詞を、ときに語りかけるようにときに優しく寄り添うように歌う直太朗。
アコースティックギターを軽やかにつま弾いて歌いはじめた「陽は西から昇る」では、“西から太陽が昇る”という圧倒的な不条理を、直太朗の明るくスケール感ある歌声で染め上げると、あたかもそれがまるで真実ではないかと錯覚すらしてしまう。もともと高い歌唱力は誰もが知るところだが、説得力において年々凄みを出しているようだ。
途切れることなく5曲を歌い終えると、満面の笑みを浮かべて「今日はありがとう。また会おうぜ!」と挨拶。彼のライブを見たことがある人なら、この始めの一言で今夜はどんなトークで楽しませてくれるかワクワクするだろうし、初めての人は意表を突かれてドキッとするだろう。

「たくさんの衆、ありがとう。ありがとうッ!NHKホールに立てた喜びで、のっけからご挨拶もせず申し訳ございません」と、おどけた口調で話しかける。「今日がツアー千秋楽です。この1日が皆さんにとってかけがえのない時間になればと念じております。ただ、時間が経つのは早いもので、次の曲で最後……から、17番目になりました」。この言葉に、会場から大きな笑いが起こると、“してやったり”とドヤ顔を見せる直太朗。どんな些細な一言も、まるでこの日一番の大切なセリフを演じる舞台俳優のように表情豊かに話す姿は、単に歌と演奏を聴かせるだけのライブの枠を軽やかに越えている。
「今回のアルバムの動機づけになった1曲です。いやがおうにも聴いていただきます(笑)」と冗談ぽく紹介し、歌いはじめたのは「コンビニの趙さん」だった。コンビニを舞台に、誰にも身に覚えがある一見ありふれた日常の断片を切り取ったかのような歌詞だが、その歌はなぜかしみじみとして胸を打つ。アーシーなパーカッションやグランドピアノなど、生の楽器の音と奥ゆきのある歌が絡み合い、感動的に響いた。
ドラマ主題歌のためにカバーした「若者たち」は、誰もが聞き覚えのある国民的な楽曲だ。偉大なる過去の曲に、奇をてらうことなく真っ向から挑み力強く歌い上げたパワーは圧巻で、思わず肌が粟立った。かと思えば、このシングルのカップリング曲として収録した「どのみち」では、「若者たち」をマッシュアップするように重ねて歌いはじめた。音楽的にはチャレンジを試みつつも、小難しい解説は一切なし。それどころか、「勘のいい人はお気づきでしょうが、2つの曲はコード進行も曲の長さも一緒なんですよ」と笑い話にしてしまうあたりも、実はこの人のすごさだろう。

「ひょんなことから生まれた、愛らしい曲です」と言った「運命の人」は、胸を締め付けるような切実な思いを誠実に歌い上げるバラードで、繊細で情感あふれる歌声に涙した人も多かったのではないだろうか。荘厳なアカペラで始まる「生きとし生ける物へ」では、猛々しくも神々しくすら思える歌声で、果てのない荒涼とした大地の広がりを胸のなかで確かに感じることができた。かと思えば、美しいバラード「愛し君へ」では、まるで別人のように儚げに切なく、語りかけるように歌ったりもする。
感動と感傷に浸る観客の余韻を切り裂くように、直太朗の顔面のみが映像がスクリーンに大写しになると、今度は爆笑が渦を巻く。「変化し、チャレンジし続けなければと思っています。新しい自分を捜したい!」と高らかに宣言するやいなや、黒塗りのやぐらの上に巨大な和太鼓とともに登場!? 全く先の読めない展開に、オーディエンスはいい意味で翻弄されるのだが、そこもまた直太朗のライブの楽しさであり、中毒者が後を断たない秘密かもしれない。
「後半戦ですよ。

アイドル・キャラの余韻を(わざと)引きずって、「渋谷ベイベー! 楽しんでる?」とハイテンションで呼びかける直太朗。ハーモニカとアコギなどによるフォーキーなサウンドに乗せ、口早に語りかける「あの街が見える丘で」を晴れやかに歌ったと思えば、ファンキーなサウンドに体が揺れる「星屑のセレナーデ」では、ミラーボールが煌めく。
「愛のテーゼ」のイントロでは、キレのよいダンスパフォーマンスを再び披露しつつ、もちろん歌となるとその世界観を奥深く、見事に表現しつくす。なおかつ、歌の終わりには客席に背を向けて背中でピースサインを決めてみせた。アイドル・直太朗がの後すぐに持ってきたのは、なんとあの名曲「さくら」のバンドバージョンだった。独唱とはまた趣の違う、ドラムのマーチングが未来への歩みのように感じる前向きな旅立ちの曲として響くそれを、情感込めてたっぷりと歌い上げ、観客の心をたっぷりと温めた。
「また新たな始まりです。

「ご存知の方もいるでしょうが、母子ともに歌わせてもらっています。サッカーに夢中でしたが、家にあったギターをポロロンと弾いてみると曲のようなものができました。それを歌ってみると、誰かに聞いてもらいたくなりました。紆余曲折を経て、6月24日、こうして交われている奇跡。これ以上の奇跡はありませんよね」。淡々とだが、直太朗が本心を語ると温かな拍手が会場を包んだ。
「ツアーで歌うのはすごく久しぶりです」と紹介した「小さいな恋の夕暮れ」では憧憬(しょうけい)を、「どこもかしこも駐車場」では哀愁を漂わせた直太朗。本編ラストをツアータイトル曲「黄金の心」で閉じたが、その直前のMCはとても印象深いものだった。
「『黄金の心』は地図のような曲です。
森山直太朗というアーティストは、瞬時に心を掴んでしまう天賦の才とも呼べる声を持って生まれた点で、恵まれていたと言えるだろう。そして、それにあぐらをかくことなく、常に自分が何をどう歌うべきかを探求し続けてきた。その弛まぬ努力と知恵があってこそ、唯一無二の魅力を持つアーティストに成っていったのだと、彼の言葉を通して改めて思い至った。

再会を誓った後、セット上にたき火が映し出され、炎が小さくつぶやくようなパチパチという音を友とするように独唱によって歌いはじめた直太朗。そのときはまだ心細そうに思えたが、次第に重なりあうバンドサウンドの力を借りて力強くなり、最後には確信に満ちた歌へと昇華していった。歌を通して届けられた思いは、一人ひとりの胸の奥に染み渡り、あったかい火を灯して本編の幕は下りた。
もちろん、熱狂的なアンコールの声に導かれて、再び登壇した直太朗。「9月9日にシングルをリリースします!」と得意げにピースサインまで繰り出してサプライズなお知らせをすると、ひと際大きな拍手と歓声が。この時はタイトル未定だったが、後日「生きる(って言い切る)」になると発表された。

合間のMCでは、半年間を共に過ごしたバンドメンバーとの別れを惜しむ一幕も。そんな思いを投影するように、「明けない夜はないってことを明けない夜に考えていた」では、一言一言を丁寧に噛み締めるように歌った直太朗。「怒られたっていいから、最後までみんなで盛り上がろう!」と茶目っ気たっぷりに呼びかけ、オールラストを飾った「太陽」では、朗らかで瑞々しさをたたえたこの曲を歌い合い、大きな手拍子で誰もが笑顔になった。開拓時代になぞられて“西へ”と冠したこのツアーで、心を掘り進めた先に森山直太朗が見つけ出した黄金は、きっとそんな飾らない、掛け値なしの笑顔だったのかもしれない。
(取材・文/橘川有子)
≪セットリスト≫
1. 五線譜を飛行機にして
2. 風のララバイ
3. 昔話
4. こんなにも何かを伝えたいのに
5. 陽は西から昇る
6. コンビニの趙さん
7. 若者たち
8. どのみち
9. 運命の人
10. 生きとし生ける物へ
11. 愛し君へ
12. 放っておいてくれないか
13. あの街が見える丘で
14. 星屑のセレナーデ
15. 愛のテーゼ
16. さくら
17. 小さな恋の夕間暮れ
18. どこもかしこも駐車場
19. 黄金の心
<アンコール>
20. 生きてることが辛いなら
21. 明けない夜はないってことを明けない夜に考えていた
23. 太陽
≪リリース情報≫
New Single
『生きる(って言い切る)』
2015.09.09リリース
Album
『黄金の心』
2014.11.19リリース
UPCH-20372 / ¥3,000(税抜)
≪関連リンク≫
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