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1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か

いつも細心の注意を払って私事をなるべく書くようにしているのですけれども、私は1997年に歌人として単行本デビューしました。『てのりくじら』『ドレミふぁんくしょんドロップ』と題する短歌絵本(絵はオカザキマリさん。現在は売れっ子漫画家になっている、おかざき真里さんです)、2冊同時発売でした。それぞれ初版8000部、発売後すぐに増刷されました。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『てのりくじら』枡野浩一/実業之日本社

2冊同時発売であることや短歌の絵本であることはまあ異例でしたが、当時は無名の新人のデビュー単行本が初版8000部というのは、さほど特別なことではありませんでした。そして品切になると増刷してくれました。「発売直後にこれくらい売れたなら、増刷しても大丈夫」という希望的観測で増刷に踏み切るというのが慣例だったような印象があります。
1000円の本が1万部売れると著者には100万円の印税が振り込まれます。3万部売れたら、1年くらい生活できるという感じでしょうか。

しかし2015年の今、初版3000部スタートという話も、特別なケースではなくなっています。3000部どまりだとしたら印税30万円です。一生懸命書いて1年に1冊のペースでしか本が出せない書き手だとしたら、年収30万円です。
誤解されがちですが、本の値段というものは、ページ数の多さや表紙の豪華さだけが原因で高くなるわけではありません。印刷部数が少なければ少ないほど、採算分岐点の関係で、一冊あたりの単価が高くなるのです(そして定価が極端に高くなる場合、その定価に見合うよう表紙を豪華にしたりする場合もあります)。いまどきの文芸書が1000円とかではなく1600円とかなのは、それだけ初版部数が少ないことをあらわしています。
先ほどは、印税を本の定価の10%(出版界の慣習で決められている謎の分配率)で計算しましたが、ある文芸系出版社などは新人だと自動的に8%にされてしまうのだそうです。それでも本を印刷したぶんだけ著者に印税を払う会社は立派なほうで、「実売部数」といって、実際に売れた数をあとで計算してから(つまり本を出してずいぶん月日が経ってから)印税が支払われるケースもあります。

【参考】


もう出版は商売として成り立たない!?


たまたま先日読んだ『漫画編集者』という本に、こんな凄いことが書いてありました。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『漫画編集者』フィルムアート社/木村俊介

《敗北宣言に聞こえるかもしれませんが、出版業を成り立たせることって、もしかしたらかなりむずかしいのでは?と思ったりもします。本業を別に持っている会社が、文化的な意味あいで展開していくという業種なのかなぁとさえ思います。》(『漫画編集者』p.296より。小学館「IKKI」元編集長・江上英樹さんの発言)
最大手のひとつである小学館の敏腕漫画編集者がそう思ったりするのだとしたら、その認識は当たっているのではないでしょうか。
私はこの言葉を読んでベネッセ(福武書店)、サンリオ、キノブックスのことを思いました。いずれも出版とは別の本業を持っていて、文化事業として出版をやってきた会社です。
福武書店の文芸誌「海燕」は今はもうありませんが、干刈あがた、島田雅彦、小林恭二、佐伯一麦、吉本ばなな、小川洋子、角田光代、野中柊、小手鞠るい、他を世に出しました。サンリオは今はなきサンリオSF文庫で有名ですが、現代詩の枠にとらわれない独自の詩集刊行でも知られていて、谷川俊太郎、やなせたかし、青木景子(のちの早坂類)、川滝かおり(のちの小手鞠るい)、金色冬生(銀色夏生ではない。別名、栃内淳)他の美しい詩集も刊行していました。最後のキノブックスは、あの木下工務店の「木下グルーブ」が始めた出版社です。

二人の三島由紀夫賞作家の新刊


さて。ここから本題に入ります。
なぜこんな長い前置きを書いたかというと、知り合いの純文学作家が二人、同じタイミングで出した新刊を紹介したかったのです。その新刊二冊には偶然、同じ特徴がありました。
それは、「かつて別の出版社から出した単行本に収録した自作をリサイクル的に再録している」という、ちょっと珍しい特徴でした。
一冊は前田司郎さんの『私たちは塩を減らそう』、もう一冊は青木淳悟さんの『匿名芸術家』。二人はそろって三島由紀夫賞を受賞しており、ともに現代日本を代表する純文学作家であることは疑いようがありません。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『私たちは塩を減らそう』前田司郎/キノブックス

1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『匿名芸術家』青木淳悟/講談社

いま書店は前田司郎まつり


前田司郎さんは劇団「五反田団」の主宰者として知られ、演劇界の芥川賞といわれる岸田國士戯曲賞も受賞。つい最近はテレビドラマ界の芥川賞と私が思う向田邦子賞も受賞しています。岸田賞と向田賞の両方を受賞している才人は史上3人しかいません。宮藤官九郎さん、岩井秀人さん、前田司郎さん、です。
前田さんの向田賞受賞を記念して3冊の新刊がいま、書店に並んでいます。初のエッセイ集『口から入って尻から出るならば、口から出る言葉は』、初の戯曲集『偉大なる生活の冒険ほか』、そして短編小説集『私たちは塩を減らそう』です。さながら、前田司郎まつり。この3冊をまとめて紹介するリーフレットも配布されています(そこに書き下ろされた前田さんの特別エッセイは秀逸で必読!)。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『四十日と四十夜のメルヘン』青木淳悟/新潮社

これまでになく短い小説ばかりが集められた『私たちは塩を減らそう』には、「ウンコに代わる次世代排泄物ファナモ」も収録されています。
テレビ好きの皆さん、覚えていますか。あの晩、ツイッターのタイムラインを占拠した、前田さんが原作・脚本・演出を全部担当したドラマ、「世にも奇妙な物語 第487話『ファナモ』」の原作小説がこれです。
短編「ウンコ〜」は、既刊本『恋愛の解体と北区の滅亡』に収録済でした。しかしその単行本が絶版で、ドラマが話題になっても原作が入手しにくい状態でした。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『恋愛の解体と北区の滅亡』前田司郎/講談社

その状態を打開するために「ウンコ〜」を新刊に再録することになったのでしょう。奇しくも、と言うべきか、新刊短編集の版元は、前出のキノブックスなのです。

テレビ視聴者は本を買わない


また私事を書きますが私は高校国語教科書に短歌が載っているほど有名で、テレビ『アウト×デラックス』に出たこともあるし、『ゴロウ・デラックス』で最新短歌集『歌』を紹介していただいたこともある、なにかとデラックスな歌人です。が、初版部数も控えめだった『歌』は結局、まだ一度も増刷されていません。テレビでいくら話題になっても売れない本は売れないのです。
もしドラマ「ファナモ」を面白がった皆さんが、『私たちは塩を減らそう』を買わないというのでしたら、純文学は今後、単行本にならなくなると思います(芥川賞候補作家でもある文芸批評家の小谷野敦さんは、そのような状態がむしろ当然なのだと考え、自作小説をウェブに発表し、自主制作の電子書籍として刊行したりしています)。そのうち木下グループも、文芸書を刊行することをやめてしまうかもしれません。
それはとても残念なことです。無駄かもしれないけどお願いします。買ってください。

デビュー作をめぐる小説とデビュー作の合体


一方、青木淳悟さんの新刊『匿名芸術家』には、表題作である「匿名芸術家」のほかに、青木さんのデビュー作である「四十日と四十夜のメルヘン」が再録されていました。
1年に1冊しか書けない作家は年収30万円で生きろという時代に「小説のリサイクル」は有効か
『四十日と四十夜のメルヘン』青木淳悟/新潮社

「匿名芸術家」は、ある小説家がデビュー作を書くまでのあれこれを小説にしたもので、そのデビュー作が「四十日と四十夜のメルヘン」であるという、こみいったメタ構造になっています。
この「四十日と四十夜のメルヘン」は以前、単行本化されています。その単行本『四十日と四十夜のメルヘン』には表題作「四十日と四十夜のメルヘン」と短編「クレーターのほとりで」が収録されており、二編収録の単行本は野間文芸新人賞を受賞しました。短編ひとつに対してではなく、二編収録の単行本に対して授賞されているのがポイントです。単行本『四十日と四十夜のメルヘン』は、のちに同じ新潮社から文庫化もされています。

デビュー作がリサイクルされた理由


たまたま作者の青木さんにお目にかかる機会があったので、そのへんを伺ってみました。
まず、新潮新人賞を受賞したデビュー作の「四十日と四十夜のメルヘン」は、文芸誌「新潮」に掲載されたあと、単行本化するとき大幅に加筆し、さらに文庫化するときにも大幅に加筆してしまったため、この世には3つのバージョンの「四十日と四十夜のメルヘン」が存在するのだそうです。
しかし、単行本も文庫本も現在は絶版。
そこで「匿名芸術家」を単行本化するにあたって、文芸誌「新潮」に掲載されたときのバージョンを再録しようということになったのだとか。当初は文芸誌掲載時のまま再録するつもりだったものの、どうしても気になる部分があり、「わからないように」ちょっとだけ加筆してあるとのこと。
新潮新人賞の選考委員として、青木淳悟作品を「ピンチョンが現れた!」と高く評価した保坂和志さんは、文芸誌掲載時のものが一番よかった、加筆したものはあまりよくない、と常々おっしゃっていたそうです。

青木淳悟さんは声の小さいナイスガイ


青木さんにお目にかかったのは、四谷三丁目駅から徒歩数分、荒木町アートスナック「番狂せ」。おりしも、青木さんの父上が遺した絵画の展覧会「青木さんちのしょうちゃん展」が開催されていました。その最終日の様子を動画に撮ってまいりましたので、以下に公開します。



ちなみに青木さんのとなりにいるのは奥様です。むかし青木さんが、東京23区にしか住みたくないと主張する彼女のことを雑誌に書いたところ、それはいったいどんな女だとネットで少々騒ぎになったらしいのですが、そのときの「彼女」がこの奥様だそうです。
動画、見づらく、聞きづらく、すみません。機械に弱い私が、iPhone4というクラシックな機材を、手持ちして撮影しました。ただでさえ青木さんは控えめで、声の小さいナイスガイなのです。
 なお動画の中で紹介されているTシャツは、ここで購入することができます。

この記事に関しての覚え書き


私は前田さんの小説も青木さんの小説も、雑誌掲載時にほとんど読んでいるのですが、単行本はこれから改めてゆっくり拝読するところです。今回の記事は本の外側のトピックスを伝えることに専念しました。
中身の感想は皆さん一人一人が本を買って読み、ブログやツイッターなどに書いてくださるだろうと期待しております。
前田司郎さんに関してはエキレビ!で記事も書いていますし、過去にツイッターでも色々なことを書いてますので、そちらもご参照ください。
もし記事や動画に事実誤認などが判明した場合は、私のツイッターでも訂正していきます。随時ご参照ください。 あと、歌人の加藤千恵さんが司会を担当する「真夜中のニャーゴ」という番組(ネットで無料で観られます)に7月29日(水)ゲスト出演し、ある不遇な純文学小説の話をする予定です。ご笑覧いただけると幸いです。
(枡野浩一)

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