日本のサラリーマンは今、宝くじに大当たりしたりスーパーエリートになるよりも、はるかに高い確率で、過労死や心身失調のリスクに接しながら毎日働いている。安心して暮らしたいだけなのに、だ。


過労死ライン


「過労死ライン」という言葉がある。「月80時間の残業を超えると、過労死の危険性が高い」と厚生労働省が定めた基準だ。

日本では残業自体が違法で、労使両方の合意で上限時間を決めることで残業が可能になっている。じつは、東証一部上場企業の売り上げトップ100社のうち7割以上の会社で、その上限が「過労死ライン」を超えている。
過労死ラインを超える企業が7割という実情『ルポ 過労社会』
『ルポ 過労社会 ─八時間労働は岩盤規制か』中澤誠(著)(筑摩書房)

過労社会を徹底取材する


『ルポ 過労社会 ─八時間労働は岩盤規制か』という本。著者である中日新聞社会部の中澤誠が、長期間のさまざまな方面へ取材。「歯止めがきかかなくなっている長時間労働」についての背景、実情、これからの課題を明らかにしている。

ホワイトカラーエグゼンプションが試みられ、来年4月のスタートが目指されている「残業ゼロ法案」への流れ。「みなし管理職」や派遣法改正の問題。「労働時間」切り口として、労働をとりまく現状が理解できるようにもなっている本だ。

記者らしい視点や手法


データや著者による主張だけではなく、厚労省や財界への取材から得られた証言、過労死を出してしまったにもかかわらず残業時間が減らない企業側の発言、そして法改正の最前線でおこなわれている労働者代表の意見など、あらゆる立場の「狙い」や「事情」がリポートされている。

新聞記者ならではのパワフルな調査もすごい。たとえば、はじめから給料に20時間分などの残業費をセットにした、「固定残業代」というシステムがある。このシステムを悪用した違法件数は公的には集計されておらず、著者が情報公開請求を使ってあつめた段ボール2箱の書類を数えるなど、執念を感じる取材の連続だ。

8時間労働は岩盤規制か?


安倍首相は、「世界で一番企業が活躍しやすい国」をめざすと明言している。
そのために、緩和がむずかしい「岩盤規制」を打ち砕くドリルになりたいとも言っている。

歴史的には「健康に生きていくために最低限、労働は最長8時間にすべきだ」と民衆が勝ち取ったルールが「8時間労働」。本書はこの「8時間労働」が、「果たして規制といえるものなのだろうか、打ち砕くべき岩盤なのだろうか?」と問いかけている。

「雇う側」は、強い。「命までは取らないだろう」と思いきや、こんなに人が死んでいる(労災認定されているだけでも毎年100人以上)。そのうえ、先進7カ国中最下位の労働生産性。是非この事実に、目を向けてみてほしい。『ルポ 過労社会 ─八時間労働は岩盤規制か』中澤誠著。筑摩書房より。
(香山哲)
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