ほぼタイミングを同じくして、戦後日本の歩みをサブカルチャーを通して振り返る著書を発表した文芸・音楽評論家の円堂都司昭とライターの近藤正高。
円堂氏の『戦後サブカル年代記――日本人が愛した「終末」と「再生」』(青土社)は五島勉の『ノストラダムスの大予言』を始めとする「終末カルチャー」を、近藤の『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)は「タモリ」という国民的タレントを軸に戦後史を展開する。

何かと共通点がありながら、それでいて異なる感触を与えるこの2冊を話題の中心に、2人の関心事や執筆のモチベーションなどについて話を聞いた。
グラウンドで女子高生が次々に倒れる事件から「終末カルチャー」が

グラウンドで女子高生が次々に倒れる事件から「終末カルチャー」が

公害と終末カルチャー


近藤 円堂さんの「終末カルチャー」への興味はいつ頃芽生えたんですか?

円堂 今回の本に映画『ゴジラ対ヘドラ』の話を書いていますが、僕が映画館で初めて観たゴジラシリーズがこの作品でして。

近藤 公害をテーマにした作品ですね。この作品が公開される前年(1970年)に、東京都杉並区の高校のグラウンドで女子高生が次々に倒れる事件がありました。その原因が、光化学スモッグだったと後に判明する。
グラウンドで女子高生が次々に倒れる事件から「終末カルチャー」が
近藤正高

円堂 当時の人々はメカニズムがよくわかっていなかったから、それこそ放射能みたいな怖がられ方をしていた記憶があります。そんな70年代前半に『ノストラダムスの大予言』や小松左京の『日本沈没』など、核戦争や環境汚染、自然災害による世界の終末を描いた作品が続々出てきた。物心つく頃にそうした終末ブームがあったことが、原体験として大きいと思います。
グラウンドで女子高生が次々に倒れる事件から「終末カルチャー」が
円堂都司昭

近藤 公害といえば、この本では水俣病への言及が目立ちますね。

円堂 それは、僕が80年代に石油化学の業界紙に就職したことが関係しています。記者をやっていたんですけど、水俣病の原因となった企業であるチッソ株式会社も取材した。その頃にはもう公害騒ぎはだいぶ沈静化していましたけれども。だから僕にとっては、終末的な世界を描いた作品を怖がる「イメージ」の部分と、実際の企業活動を取材するという「現実」の部分と、両面があった。
『戦後サブカル年代記』で、カルチャーと社会情勢をリンクさせる手法をとったのは、そういう体験や記憶の延長線上で書いているからなんです。

近藤 長らく関心があったことを1冊にまとめた本なのですね。

円堂 はい。僕が以前書いた『ディズニーの隣の風景――オンステージ化する日本』(原書房、2013年)も、浦安の海が工場排水で汚され、それを埋め立ててディズニーランドができたという歴史的経緯から出発した本です。公害は、自分のなかでずっとくすぶり続けているテーマなんですね。

タモリ=戦後日本


円堂 では、近藤さんが『タモリと戦後ニッポン』を書いたきっかけは?
グラウンドで女子高生が次々に倒れる事件から「終末カルチャー」が

近藤 『タモリ論』(新潮新書)が2013年に出た時に、著者の樋口毅宏さんがインタビューで「タモリはあまり語られてこなかった」という発言されていたんですけど、「いやいや、そんなことはないだろう」と。それでタモリについていろんな人たちが言及した文章や発言を振り返った原稿をエキレビに書いた。その内容をもう少し膨らませたいと思っているうちに、『笑っていいとも!』の放送終了が発表されて。どうにか最終回(2014年3月)直前にウェブサイト「ケイクス」が企画を拾ってくれて、『タモリと戦後ニッポン』の元となる連載「タモリの地図――森田一義と歩く戦後史」が始まったんです。

円堂 それ以前にも、『Kluster』という同人誌に近藤さんが別名義で書いた「かつてタモリは、マッカーサーとおなじレイバンのサングラスをかけていた」(2003年)という原稿もありましたよね。

近藤 あ、よく覚えてらっしゃいますね。いま「note」で公開してますが、それはK.K.さんというアーティストの『ワラッテイイトモ、』なる映像作品に触発されて書いたものです。これが現代美術の公募コンクール「キリンアートアワード2003」で一旦は最優秀賞に決まったものの、主催者側の判断で審査員特別優秀賞という扱いになったといういわくつきの作品でして、その一連の騒動については同じ頃、自分の古巣である『Quick Japan』にもレポートを書きました。
『ワラッテイイトモ、』ではタモリの生い立ちにも触れられていて、それを見たことが、終戦の1週間後に生まれ、戦後と共に歩んできた人として彼をあらためて認識するきっかけになりましたね。

円堂 そもそも、近藤さんにとってタモリとはどういう存在でした?

近藤 テレビの歴史や、70年代、80年代のサブカルチャーに興味があったのですが、調べていくと必ず出てくるのがタモリなんです。初期からタモリのブレーンだった高平哲郎(高は正しくははしごだか)は、もともと『宝島』の編集長だったわけですし、ジャズピアニストの山下洋輔やマンガ家の赤塚不二夫との関係は言わずもがなですよね。日本のサブカルチャーを代表するビッグネームとの関係が濃い人、というのが自分にとってのタモリのイメージ。ゆえに、タモリという人の歩みを辿っていけば、日本のサブカルチャーの歴史も辿れるだろうという予感があった。

円堂 そうそう、同じように戦後史をテーマにしながら、『戦後サブカル年代記』『タモリと戦後ニッポン』は、意外と題材が被っていない。両方とも戦後史とサブカルがテーマで、「とにかく、できる限り調べる」というスタンスでやっていたにも関わらず。

近藤 不思議ですよね。

円堂 僕の本は「戦争」にたびたび言及していることもあり、お笑いは出てこないし、歌について触れても「反戦・反核」といったシリアスな話になる。タモリがやっていたような冗談音楽の話にはならない。「反核」などの関連で坂本龍一に触れたけど、タモリに一番近しい存在だったのがYMOかな。僕のなかでは、「デタラメ外国語」で有名になったタモリからの流れで、デタラメ中国人みたいな感じでYMOが出てきた印象もあって、一繋がりの文化圏として受け止めていました。
冗談の質が近いというか。

近藤 奇しくも、YMOもタモリも「アルファレコード」からレコードを出していますしね。

円堂 以前書いた『YMOコンプレックス』(平凡社、2003年)は、テクノロジーと音楽の関係を追おうとした本でした。僕にとってそうした面白さの原体験って、ラジオカセットレコーダーなんです。録音をツギハギするとか、あらかじめ録音したものに合いの手を入れるとか。きっかけとなったのが、ラジカセの遊びかたを紹介した『タモリのカセット面白術ーーもてる!ウケル!きわめつけ実例94』(主婦と生活社、1977年)という本。タモリの初期のネタって、「外国語の放送がこう聞こえる」といか、いわゆるメディア越しの情報に対するアンサーとなっていた。だから結果的に、僕がテクノという音楽や、リミックスといった手法に興味を持ったきっかけもタモリだったんですね。メディアで遊ぶ、という意味で。

オリンピックが孕む「破壊」のイメージ


近藤 僕らの本の共通点として、「オリンピック」というキーワードがありますね。

円堂 僕の本にもたびたび登場するし、近藤さんの本で紹介している『タモリ3 戦後日本歌謡史』(1981年)というレコードにもオリンピックネタがありましたね。聖火台の火が競技場に引火しちゃうやつ。


近藤 円堂さんが取り上げていた大友克洋のマンガ『AKIRA』(1982~90年連載)も、第三次世界大戦で廃墟と化した東京がネオ東京として生まれ変わり、そこでは2020年に開催されるオリンピックに向けて競技場の建設が進められているという設定でした。『タモリ3』では、日本の経済復興の象徴である国立競技場が焼け落ちてしまい、「戦後の焼け跡から一から出直さなくてはいけませんようになりました」というアナウンスが流れますけど、あれなんかは円堂さんが書いていた「スクラップ&ビルド」に通づるものがある。

円堂 戦後の焼け野原からの復興した時のような「破壊されたものを回復しなければならない」という必要性とは異なる、80年代以降のバブル的な再開発のことを僕の本では「スクラップ&ビルド」と表現しています。

近藤 64年の東京オリンピックも、終戦後に再生された東京の街をさらにまた壊して改造する契機となったという意味で、円堂さんのいう「スクラップ&ビルド」に当てはまりますね。「破壊」というイメージとオリンピックは、どうしてもダブって見える。市川崑の記録映画『東京オリンピック』が、建物が壊されるシーンから始まるのは象徴的です。そして、2020年に開催される東京オリンピックにしても、「既存の施設を再利用する」と言っていたのが、いつの間にか国立競技場を壊して建て直す話になっていて、ご存知のように揉めに揉めている。結局、今度の東京オリンピックも「スクラップ&ビルド」なんですよね。
後編に続く

円堂都司昭(えんどう・としあき)
1963年生まれ。文芸・音楽評論家。主な著書に『ゼロ年代の論点』、『エンタメ小説進化論』、『ディズニーの隣の風景』、『ソーシャル化する音楽』、『戦後サブカル年代記』など。現在、「本の雑誌」、「ミステリマガジン」、「小説宝石」などで書評を執筆中。


近藤正高(こんどう・まさたか)
1976年愛知県生まれ。ライター。雑誌やウェブ媒体で昭和史から最近のアイドルについてまで幅広く執筆。近著『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)は各方面で話題に。最近では11月発売予定のムック『文藝春秋オピニオン 2016年の論点100』に編集協力している。
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