アメリカの言語学者による、異色の料理本。
それが、『ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史』だ。

天ぷらはもともと煮込み料理だった。料理にまつわる諸説を検証『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?』
『ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史』ダン・ジュラフスキー著/小野木明恵訳(早川書房)

著者は有名な食通というわけでも、シェフ顔負けの料理の腕を誇るというわけでもない。ただ人一倍、言葉に敏感。そして、参照する情報の量がすごい。
ケチャップのラベルにはなぜ「トマト・ケチャップ」と書いてあるの?という友人の子供に投げかけられた疑問をきっかけに、食にまつわる言葉の意味や歴史を徹底検証するのだ。

マーケティング担当者が嫌がるメニューの読み方


第1章「メニューの読み方」ではアメリカ7都市のレストランを対象に、インターネット上で閲覧可能な6500のメニューから65万種類の料理名を分析。
メニューの行間に潜む、「マーケティング担当者が私たちに知ってほしくないと思っているであろう」店側の心理を読み解いていく。

たとえば、
「バイソンバーガー ブルースター農場で草を食べ放牧により育てられたバイソン8オンス とろけたゴルゴンゾーラと野菜のグリルを添えて」
というメニュー。

ここで注目すべきは「ブルースター農場」そして、「草」「放牧」だ。
牧場をイメージさせる単語までわざわざ入れて、食材の産地をアピールしている。
調査によると、高級レストランのメニューで産地に言及する回数は、安価なレストランの15倍。
高級レストランの高級でありたいという願望が、産地の表示には隠されているのだ。

文字数が料理の値段を決める?


著者の研究チームはさらに65万種類すべての料理の値段を調べ、大胆な説を提唱する。
料理の説明に文字数の多い単語を使うほど、その料理の値段は高くなる。
って、本当?

この本の魅力はなんといっても、こうした「説」のユニークさにある。

レストランレビューの肯定的な感想は、セクシーな比喩が多い。
七面鳥をターキーと呼ぶのは間違い。
ポテトチップスは、健康食品である。
なんて、気になる説が次々と飛び出すのだから、真相を確かめたくて続きを読まずにはいられなくなる。

天ぷらの先祖は牛肉の煮込み


料理の歴史を紐解くと、思わぬ大河ドラマに出会うこともある。
たとえば、天ぷら。16世紀にポルトガルから伝来したというのは、案外知られている。
でも、天ぷらがポルトガル発祥の料理というわけではないのだ。

時は、6世紀中頃。
第3章「シクバージから天ぷらへ」によると、ペルシア帝国の王様・ホスロー1世の好物である甘酸っぱい牛肉の煮込み料理「シクバージ」こそ、天ぷらのルーツだという。
食材も調理方法も何もかもが天ぷらと異なるけれど、10世紀の間に何があったのか?

あの国の名物料理も天ぷらの親戚だった


シクバージのレシピはペルシア帝国崩壊後、新たに覇権を握ったイスラム王朝にも受け継がれ、14世紀にはヨーロッパへも伝わる。
港伝いに船乗りたちによって広まった地理的要因、キリスト教徒が断食の時期に牛肉を食べられなかった宗教的要因で、いつしか牛肉ではなく魚を使うのが一般的に。
当時のレシピが地域別に細かく紹介されるので、現地の言語や生活習慣によって呼び名も調理法も少しずつ変化し、新たな料理の生まれていく様子がわかる。


大航海時代(15世紀〜)以降はスペイン・ポルトガルの征服者やユダヤ人が、海を越えてシクバージの派生料理を広めていく。
天ぷらも、イギリスのフィッシュ・アンド・チップスも、シクバージのグローバル化によって生まれた料理の一つ。両国を代表する料理が、実は親戚だったのだ。

他にも鮨とケチャップ、マカロンとマカロニなど、意外な血縁関係が判明する。あの有名人が実はあの人の隠し子?みたいな、ワイドショー感覚で読んでも楽しい本書。
言語学・人類史といった言葉から、堅苦しくて味気ない内容を想像するのは大きな間違い。
メニュー、前菜、メインと食事の順序に則って構成された全13章は、最後のデザートまで読者を飽きさせない。
(藤井勉)
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