2015年に生まれた日本人の赤ちゃんが100万8000人で、過去最少だった2014年に比べて約4500人増加していることが厚生労働省によって発表された。出生数が増加したのは5年ぶりのこと。
このニュースが報じられたのは1月1日の朝であり、お正月らしい明るい話題として伝えられた。

出生数の増加の背景には、30代、40代による出産の増加があるという。女性・男性問わず、30代、40代の人たちが「赤ちゃんがほしい」と思うようになっているのは事実だろう。ただし、出産世代の女性の人口は減少しており、今後も少子化傾向は続くと指摘されている。

30代、40代になってから「赤ちゃんがほしい」と思うようになっても、妊娠する確率は年をとるごとに格段に低くなる。女性の体だけでなく、男性の精子にも問題が生じるからだ。不妊治療の技術は進んでいるが、必ずしも全員がうまくいくとは限らない。多額のお金と労力を費やしても、子どもができない夫婦は数多く存在する。
里親になって待望の赤ちゃんを迎えるという選択『うちの子になりなよ』
『うちの子になりなよ』古泉智浩/イースト・プレス

そんな中、話題になっているのが、漫画家・古泉智浩による子育てエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』(イースト・プレス)だ。

本書には、里親になって待望の赤ちゃんを迎えた古泉夫妻の喜び、戸惑い、苦労などがストレートかつ明朗な筆致で描かれている。なお、著者は漫画家だが、コミックエッセイではなく、文章が中心である。プロローグ、エピローグのほか、エピソードごとに1本の4コマ漫画が入っている。


子を持つ親が共感する「あるある」子育て日記


1969年生まれの古泉氏は、妻と一緒に不妊治療に取り組んでいたが、6年間で600万円を費やしても子宝には恵まれなかった。時間とお金だけが失われ、古泉夫妻は不妊治療を中止する。そんな折、テレビで知ったのが里親制度だった。

里親になるための研修を受け、生後5ヵ月の赤ちゃんを迎え入れる古泉夫妻。赤ちゃんを家に迎えた心境を、古泉氏は次のように表現する。

「これまでずっと何年も真っ暗な夜道を裸足で歩いているような感覚だったのが、赤ちゃんが来てくれてから光を浴びているような感じがする」

里親をしている人だけでなく、不妊治療の末に子どもができた人たちの中にも、同じような想いを抱いた人も少なくないだろうか。

とはいえ、夜泣きに苦労したり、便秘を解消しようとしたらレーザーのようなうんちを浴びてしまったり、ちょっとした成長に大喜びしたりと、赤ちゃんの子育てに取り組んでいる夫婦なら誰でもしているような経験談や感想がつづられていく。一種の「子育てあるある」のようにも読める。

ロックの名曲を赤ちゃんに聴かせて反応を見てみたり、赤ちゃんが何かを指差した後、手をパチパチと叩く仕草がコーナーで待機している藤波辰巳の仕草とそっくりだと気づくエピソードなんかも楽しい。

これを書いている私にもまもなく4歳になる娘がいて、赤ちゃんの頃から子育てに一喜一憂していた経験がある(苦労していたのはほとんど妻だが)ので、読みながらその頃のことを追体験している気分になっていた。一瞬、この本が里親について書かれたものであることを忘れそうになる。

古泉氏の実家は商店を営んでおり、母親や従業員なども巻き込んで子育てに取り組む様子も微笑ましい。店の大きな冷蔵庫には、赤ちゃんを迎えた日に従業員たちが抱っこした撮った写真が貼ってあるそうだ。


一方、赤ちゃんの世話をしていた病院の看護婦さんたちの優しさや、古泉夫婦が里親研修の際に知り合った養護施設との子どもたちとのふれあいについてのエピソードなんかを読むと、やっぱり少し泣けてしまう。養護施設の子たちは人懐っこいが、研修で訪れた人たちとまた会えるわけではないので、別れ際は「またね」と言ってはいけないのだという。

里親制度と養子縁組の違い


里親制度についても詳しく触れられている(里親には守秘義務があるため、赤ちゃんの出自などについては触れられていない)。

まず、里親の登録には年齢制限がある。地域によって差があるが、子どもが成長したときに働けない年齢では赤ちゃんを預けてもらえないと考えていいだろう。40歳を過ぎていた古泉氏も、この情報を知って焦ったそうだ。

また、里親制度はあくまで子ども中心の制度であり、希望する親の都合で子どもを選ぶことはできない。男の子と女の子も選べないし、赤ちゃんかどうかも選べない。子どもにとって条件のいい親を行政が選ぶので、赤ちゃんが来るかもしれないし、2歳や3歳の子や小学校低学年の子が来るかもしれない。物心ついた子どもを引き取る場合は、精神的なケアが大切になる。

里親制度と養子縁組の違いについても、知らない人も多いのではないだろうか。
里子はあくまで親権が実家にあり、里親には親権がない。苗字も実親のものであり、名前も自分でつけることはできないが、学校などでは通り名を名乗らせることができる。
実質、よその子を預かっているだけで、返してくれと言われたら返さなくてはいけないが、そういうケースは稀なのだそうだ。行政からはけっこうな額の養育費が支給され、児童相談所からの手厚いケアも受けられる。

一方、養子はわが子として迎え入れ、親権が養育者に移行し、苗字も養育者と同じになる。完全に戸籍に入る家族であり、行政からの養育費は発生しない。

里子と養子縁組をすることは可能だが、実親が反対してこじれてしまう場合もある。古泉氏も将来的には里子と養子縁組をすることを望んでいる。また、里子は実子を含めて最大4人まで引き取ることができるので、古泉氏もあと一人か二人は里子を受け入れたいとも考えているという。

里親制度は不妊に悩む人たちの福音になりうる


妊娠しやすい20代のうちに子どもをつくらなかった理由は人それぞれあるだろう。古泉氏にも複雑な事情があり、それは本書の中で語られている。若いうちに子どもをつくらなからといって、責められるべきではない。ただし、30代、40代になってからは妊娠する確率が格段に落ちてしまうという事実だけは誰しもが知っておくべきである。
古泉氏も、子どもや子育ての魅力、家族が増えることの喜び、逆に高齢出産の難しさについてのアナウンスが足りないことに対して苦言を呈している。


そしてもう一つ、日本では今ひとつ一般的ではない里親制度についても多くの人が知っておくべきだろう。

余談になるが、私は以前、妻と一緒に不妊治療について学ぶつもりで、間違えて不妊に悩む人たちのグループセミナーに紛れ込んでしまったことがある。
セミナーが始まってから間違いに気付いたのだが、そこに来ていたのは私たちとは比較にならないぐらい不妊について悩んでいる人たちだった。男性は私ひとり、あとの20人ほどは全員女性である。
ある女性は不妊の悩みを語りながら涙を流し、ある女性は「幸せそうな妊婦を見ると後ろから蹴りたくなる衝動にかられる」と告白した。40を過ぎても苦しい不妊治療をひたすら続けている女性もいた。また、ほとんどの女性が不妊の苦しみを夫や親と共有できないとも告白していた。
辛い告白を聞きながら、何かこの人たちの役に立てることはないだろうかと考えていた。それから何年か過ぎたが、里親制度を推奨する『うちの子になりなよ』は彼女たちに対する一つの福音になりはしないだろうかと感じている(夫や親の無理解に対する苦しみは別の対処法が必要だが……)。

本書はこう締め括られる。
「里親制度は本当に素晴らしい制度です」

家族を結びつけているのは、血のつながりだけではない。あえて言えば、他人とだって家族になれるのである。
いろいろ大変なことはあるだろうけど、血のつながっている家族とだっていろいろ大変なんだから、一緒のことだ。そもそも夫婦だって、元は他人なんだから。

里親制度とは違うが、認定NPO法人フローレンスでは、虐待によって命を落とす赤ちゃんを救うため、「赤ちゃん縁組」事業を立ち上げている。事業立ち上げのためのクラウドファンディングでは、すでに目標金額の2500万円を達成した。興味のある方はご覧いただければと思う(この事業の場合、育ての親は養育費をもらうことはなく、逆に運営側に費用を払うことになる)。

最後に、赤ちゃんの1歳の誕生日に、古泉氏の妻が書いた手紙の一部を紹介しよう。

「○○くんのおかげで毎日が輝いています。もう○○くんのいない生活は考えられません。1年前の今日、生まれて来てくれてありがとう。毎日元気に生きていてくれてありがとう。うちにいてくれてありがとう。私たち家族全員を幸せにしてくれてありがとう」

子を持つ親なら多くの人が得られる気持ちであり、それは里子でも養子でも実子でも変わりはない。
このことを世の中に知らしめるというだけでも、とても存在意義がある本だと思う。

なお、プロインタビュアーの吉田豪氏が、旧知の仲である古泉氏について「里親本のせいで世間から誤解されつつある」として、古泉氏のエピソードを披露したり、あらためてインタビューを行ったりしているので、そちらも読んでみると、この本にまた違った深みが出てくると思うのでオススメである。
(大山くまお)
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