まぶしいアラスカの大自然から悪臭こみあげるマンホールタウンまで、これが世界の現実だとばかりにつきつけて、視聴者のド肝を抜いてきた旅番組だ(TBS系 毎週木曜日よる11:53から)。
今夜(1/21)、ここにゲストとして高野秀行(ツイッター)が出演。
番組で取り上げる『アヘン王国潜入記』のほかにも、世界の秘境やUMAの調査本を執筆した作家だ。

UMAには、口にするだけでまともな大人扱いされなくなるようなバカバカしい響きがある。
「枕元に死んだ祖父が現れた」という人がいたら、一応は深刻な雰囲気になるが、
「昨日、池にカッパが現れた」という人がいたら、相手にされないか笑われる。
高野本人も、デビュー作の「幻獣ムベンベを追え」で調査が徒労に終わってからも、周囲に
「怪獣は?」
と半笑いで聞かれる日々をすごした。
実際にいるかどうかは別として、あまりにも「いなさそう感」が強いのは確かだ。
平凡な人生のまま終わるのは嫌なんだ!
『幻獣ムベンベを追え』は早稲田大学探検部を引き連れ、コンゴまで怪獣ムベンベを探しに行った記録。
「それで結局見つかるの、どうなの?」
ときかれたら、だからまだその段階の質問かよ、と逆ギレしていいレベルの衝撃的デビュー作だ。

探検部の若者たちは、限界まで切り詰めた生活をして資金をかき集め、マラリアの脅威に脅え、足首から這い上がるヒルを潰しながらコンゴのジャングルを踏破する。
なぜ、そこまでするのか。
早稲田大学に入りながら、入部した時点で留年確定と言われるほど過酷な探検部に入部したのは、
「やっぱり自分は平凡な人生のまま終わるのは嫌なんだ!」
というまっすぐな思いが、
「卒業して安定した企業に就職したほうが、平凡だけど豊かな人生になる」
という常識に打ち勝ったからだ。
だから、目的地である伝説の沼にたどりついて、
「隊長! 小っちゃいです!」
と全員が思っても、全員が言い出せない。ただ沼を眺めるしかないのだ。
本人にとっては決死のドキュメンタリー。俯瞰で見ればバカな若者たちのお笑いルポ。どんな読み方もできる一冊だ。
『怪獣記』では、トルコの水棲怪獣ジャナワールの調査に出かけている。

高野は目撃者が撮影した動画を観てすぐに、
「何かを見つけたら、プロなら意識的に、アマなら無意識的に、だんだん近づく映像になる。なのにこれは最初からアップだ」
など、鋭い指摘をいくつも展開し、ヤラセだと断言。
「さすが、経験豊富な人は観察力が違う!」
とビックリしたのだが、そのあとに割と早い段階で考え直して現地に行ってしまったので二度ビックリだった。
トルコでは、ジャナワールの本を執筆したヌトゥク教授という人物と接触する。新聞に紹介記事を書いて、はじめてトルコにネッシーを紹介した人物だ。
映像の真偽について切り込むと、教授は明言を避け
「映像がなければ存在しない、そういう考え方は間違いだ。昔は写真もビデオもなかったけど、たくさんのものが存在した。ちがうかね?」
と、ユーモラスな表情をつくった。
たしかにそうだけど、「そういう逃げ方か」ともとれる。
そのとき突然、教授の部下か誰かだと思っていた同席の若者が我慢できない様子で口を開いた。
「ぼくの一家はそのワン湖に500年前から住んでいる。湖はアルカリ度が高くて、石鹸がなくても汚れが落ちるからみんな洗濯や水浴びに来る。だけどジャナワールなんて知らない」
だからニセモノだ! と言いたいわけではない。
ジャナワールが話題になった1993年は、PKKというテロリストと政府軍の争いで、圧迫を受けた何十万というクルド人がワン湖周辺に押し寄せた時期である。
「そういった深刻なことから目をそらすため、政府はジャナワール騒動を仕掛けた」
という陰謀論になるのだ。
当初の目的は、怪獣の目撃映像の真偽を明らかにすること。
万が一にでも本物だったら大当たりのはずだった。
だがこの調査は、偽物だと確信してから謎が深まっていく。
次元を越えている
『怪魚ウモッカ格闘記』では、インドの漁村で新種のトゲだらけの魚を見かけたが料理されていたという証言から、あらゆる方面の専門家の力を借りて探索の準備をする。

有力な手掛かりは見つかったものの、どうしても
「そんな特徴的で、日常的に食べている魚が本当にいたら、図鑑にのってないってことはないだろう」
という最初に浮かんだ常識的な考えが離れない。
最後に、
「この地は不可触民だ」
という事実が判明する。
カースト制度の最下層のさらに下とされ、外界との交流がない村。
その村では日常的に見る生物でも、外に全く伝わらないということが起こりうる、唯一の空白地だったのだ。
ミステリー的な面白さと、好奇心を刺激する事実が次々と明らかになる。
UMAの謎を扱った本は、たいてい実在の可能性を匂わせる段階で終わってしまう。
だが、高野秀行はその次元を越えている。
「この本、最後まで何も出ないよ」
と前置きして誰かにすすめても、それで価値がガクンと目減りするような耐久力のない作品ではない。
「いるかいないか」は柱の一本にすぎず、折れても他の柱は傷つくことなく作品をガッチリ支えているのだ。
今回の「クレイジージャーニー」出演では、『アヘン王国潜入記』に書いた、村人みんなでアヘンの栽培をして成り立っているアヘン村に滞在したときの話をする。
気になるのは、その直後のエピソードもするのかな、という点だ。
実は『アヘン王国潜入記』では、村人たちと長期にわたってアヘン栽培を手伝っていたせいで違法薬物という認識が薄くなっていた高野が、後になってポケットにうっかりアヘンを入れたままなのに気づいて真っ青になるシーンがあるのだ。
探検家のマッチョなイメージとかけ離れたごく普通の見た目と、ときおり見せる危なっかしい一面。
なのにどんどん危険地帯に踏み込む。
こういう人が一番「クレイジー」。
(南光裕)