
内村:こいつ目立つんですよ!こいつ絶対前向きだなって(笑)
7月5日に新宿文化センターで開催された、内村光良の小説『金メダル男』(中公文庫)の刊行を記念して行われたトークショーの一コマ。約180人の観客を前に、小説家・内村光良が執筆の裏側を語った聞き手は、本屋大賞の仕掛け人でもある博報堂ケトル クリエイティブ・ディレクターの嶋浩一郎。
「スルッ!と読めるんじゃないかと」

小説『金メダル男』の元となったのは、2011年に上演された内村光良の一人芝居『東京オリンピック生まれの男』。今年の10月に映画化が予定されており、小説より先に映画の脚本を書き上げていた。つまり、戯曲→映画脚本→小説という、通常の映画化と逆の作業になった。
内村:やっぱり戯曲とかコントとか、脚本はまだ慣れてるほうなんですけど、小説っていうのはやっぱりちょっと、勝手が違ったなぁという。戯曲だったら、舞台の演者が顔だったり動きだったりで間を埋められるし、脚本だったら映像として間を埋められるんですけど、文章のみで全てを、世界観を表さないといけない。文章を、描写を細かく書いていく作業が大変でしたね。
『金メダル男』の主人公・秋田泉一は1964年生まれ。小学3年生のときに徒競走で一等賞になったことをきっかけに、一等賞の魅力にとりつかれてしまう。絵のコンクール、火起こし大会、大声コンテスト、欽ちゃんの仮装大賞、おーいお茶俳句大賞、M-1グランプリ、戦場カメラマン……と、あらゆる一等賞を目指しては挫折し、トラブルに巻き込まれ無人島に漂着までするが、何度も何度も立ち上がる。
しかし、最初に舞台の脚本を書いているときは「いろんな災難に遭う人」という物語のつもりだった。
内村:水たまりのところをトラックが通って水がビシャってかかったり、川に流されたりとか、えー、すぐ車に轢かれるとか(笑) ありとあらゆる災難に巻き込まれる男を書こうとした時に、そういう受け身じゃなくて、もっと能動的な、こちらがあらゆる一等賞を目指すというのは、もっとポジティブでいいかなと思って。
小説は今年4月から6月まで、読売新聞の夕刊で新聞連載されていた。新聞連載の長さに合わせて、テンポやリズムを意識しましたか?という質問には「いやいやいや」と首を振る。
内村:もう意識してっていうか、自分は小説家としてド新人もド新人なんで。とにかく舞台のように一人称で語ろうと、一人称で書いていこうと、それだけを念頭に置いて。
嶋:(小説では)秋田泉一が雑誌のインタビューを受けて、自分の人生をひたすら語っていくという設定なんですよね。
内村:「私はこの時こうしました」という語りでずっと。ですから、一文一文が短文で、非常に読みやすいと思います(笑) スッと、スルッ!と読めるんじゃないかと。そこが魅力的なところです(笑)
しかし、新聞連載ではその「一人称」に勘違いをした人もいたそうで……
嶋:新聞連載を読んだ方からの感想文を読ませていただいたんですけど……あの、これ小説だと思っていらっしゃらない読者の方々が結構いて、「内村さんってこんな波乱万丈な人生を送ってきたんですね」という感想文があったんですよ。
内村:えっ、オレ無人島に行ったんですね!?
嶋:番組とかやられている間にいつ戦場カメラマンになったんだとか(笑)
内村:そうなんだ。……でもいっか!

一人で小さくガッツポーズ
何度挫折しても一等賞に挑戦していく秋田泉一。内村光良もテレビ以外に舞台や映画など様々なことに挑戦している。
内村:自分の中では、この小説もですけど、舞台も映画もやはり「お笑い」という一本は通ってると思うんです。逆にこの人(秋田泉一)はサラリーマンをやってたりもするんですけど、いろんな職種でいろんな一等賞を狙うというのに、ちょっと憧れがあるんでしょうね。自分がもしお笑いじゃなかったら、自分がもしダンサーだったらとか、もっと違う職種だったらという憧れをもって書いたところもあります。世界を旅するなんてのもね、自分は『イッテQ』で行くくらいですから(笑)

その「憧れ」は行動に移したものもあるそうだ。作中、小学5年生の秋田泉一は水泳で「50m無呼吸泳法」を編み出して一等賞を取る。学内で強化選手になったが、隣で泳ぐ女子が気になり、初めて息継ぎをして惨敗してしまう。
内村:おとといね、僕ジムに行って。ジムのプールで、50m無理だから、25m無呼吸をやってみようということで……成功しました(会場拍手) おばちゃんたちがアクアダンスしているコースの隣で、一人黙々と25m無呼吸にチャレンジして、見事成功して一人で小さくガッツポーズ。
嶋:気になって顔上げちゃう女性は隣にいませんでしたか?
内村:おばちゃんでしたからね(笑) 全っ部、素通りで行きました。
巡り合わせに運命を感じる
『金メダル男』は、秋田泉一が生誕から50年以上の人生を語っていく。その中には、高校時代の友達が中年になってから登場するなど、昔出会った人と再会するシーンが多くある。この「巡り合い」も重要なテーマの一つだった。
内村:例えば自分で言うと、23歳のころ瀬戸大橋でイベントの営業やってるときに「オールナイトニッポンやりませんか?」って言ってくださったのが、安岡さんっていう当時のニッポン放送のディレクターで。その方が中途入社で日テレに来られて、「今度こういう番組一緒にやりませんか?」って言われた『イッテQ』なんですよ。そしてその数年後、南原に『ヒルナンデス!』を言ったのも安岡さんっていう。これ、ホントに巡り合わせというか運命を感じるなという想いがあります。
30分に及んだトークショーの最後の質問は「内村さんは今後どんな一等賞が欲しいですか?」
内村:そうですね、やっぱり……笑いにおいてはそういう賞を取りたいし、その賞は何かっていったら、テレビだったら面白い番組をこれからもたくさん作って皆さんに見せたいし、また映画が撮れたらやっぱりお笑いを軸とした映画が取りたいし、もし小説もチャンスがあるんだったら、文章だけで笑わせるやつを……。
嶋:それはすごい!本屋としては期待したいですね。
内村:すいません、勢いで言ってしまいました(笑)
嶋:秋田泉一も勢いの人ですからね(笑)

小説『金メダル男』は中公文庫から発売中。10月には映画『金メダル男』(公式HP)が公開を予定している。
秋田泉一の若かりし頃を演じるのはHey!Say!JUMPの知念侑李。ツーショットで写る映画ポスターを見たウッチャン、「なんか見た目ベスト・キッドみたい。ジャッキー・チェンとウィル・スミスの息子みたいな」と言ってました。
(井上マサキ)