
厚生労働省が美少女戦士セーラームーンを起用し、「検査しないとおしおきよ!!」というキャッチフレーズを用いた性感染症検査の啓発ポスターが、インターネット上で炎上しています。
様々な批判があがっていますが、このポスターの問題点は大きく2つあると思います。
男性の方が梅毒の感染者数は多い
女性に親しみのあるセーラームーンを啓発ポスターに起用したのは、近年感染者数が増加傾向にある梅毒で、男性よりも女性のほうが、増加率が高いからという理由のようです。ただし、絶対数としては女性の感染者が763人に対して、男性は1,934人と、3倍近くにのぼっています(国立感染症研究所「感染症発生動向調査」より)。絶対数が多い集団のほうが、より多くの人に感染させるリスクが高いわけですから、これ以上の流行を食い止めるために仮にどちらかの性を優先的に進めるのであれば、明らかに男性でしょう。
また、「パートナーが検査してくれない」という悩みを持つ人は、肌感覚ですが、圧倒的に女性のほうが多いと感じています。つまり、男性が検査に行かない。さらに、性感染症の啓発を行っている多くの団体は女性が多数派です。このような状況を鑑みると、性感染症に対する意識は男性のほうが低いように思います。やはり啓発が必要なのは男性のほうでしょう。
「妊娠中の女性が梅毒に感染すると、死産や胎児に重い障害が出る恐れもあるから女性が優先で当然では?」という反論を言う人もいるかもしれませんが、では子供を産まないと決めている女性や機能的に産めない女性は性感染症にかかっても良いというのでしょうか? 違いますよね。誰であれ等しく感染してはいけないわけです。結局、「出産や子供に影響がある」ということを予防の目的にしてしまうのは、「女性自身の健康ではなく、子宮と卵巣の健康だけしか考えていない」と同義です。
女性への「おしおき」で炎上したキャンペーン
少し前に、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)に関するテスト(知識を問うものだけでなく習慣に関する質問も含む)で、不正解や好ましくない回答をした女性に白い粉を全身にぶっかけるという動画を作った「I LADY」のキャンペーン(主催:ジョイセフ)も、全く同様に女性に「おしおき」をしている点が大きく非難を浴びました。女性個人を責め立てるというのは、女性差別社会の中で頻繁に使用されているコンテクストであり、それを援用すれば非難されるのは当然でしょう。
因果関係から考えるならば、おしおきしなければいけないのはむしろ、AVやポルノ漫画等によって間違った情報がばらまかれているにもかかわらず、幼い頃から包み隠さず伝えてリテラシーを養う北欧並みの性教育を「過激だ!」「時期尚早だ!」と拒んで、若者や子供たちが性トラブルに遭う遠因を作っているような政治家・官僚・国民ではないでしょうか?
そもそも日本人女性は、世界に比べて自己肯定が低い傾向にあると言われています。もちろんそれは女性に責任があるわけではなく、自己肯定感の育成を阻むような教育をしているからです。責め立てるというのはその代表例と言えるでしょう。
前述の例に限らず、低い自己肯定感が原因で、嫌われるのが嫌だからパートナーに意見や気持ちが言えず、それが原因で性トラブルに巻き込まれるケースは大変多いわけです。自分の体を大切にできていないということと自己肯定感の低さが密接に関係しているということが分かれば、「あなたは悪くない」というメッセージが絶対的に必要ですし、逆に責め立てるスタイルはご法度だと分かるはずです。女性や若者をおしおきする大人たちこそ、おしおきしなければなりません。
なお、セーラームーンに慣れ親しんだ人からすれば、「おしよきよ!」というのは単なる決め台詞として定着しているので、本気で責められるわけではないというのは分かります。ですが、見る側は必ずしもセーラームーンに慣れ親しんでいる人とは限りません。啓発ポスターはそのような人も見ることに留意する必要があるでしょう。
ちなみにこの責め立てるという構図は、近年進行する若者のセックス離れと大いに関係していると思います。というのも、若者のセックス離れに関して、「若者はリスクを恐れるようになったから」という見解を述べる人がいますが、それは正しい認識ではないと思うのです。
ポスターで本当に検査に行くのか?
そもそも個人的には、検査に行く人を増やすためにポスターで啓発をするという手法自体に少し懐疑的です。もちろん必要性はあると思いますが、本当に啓発ポスターを見て「検査に行かなきゃ!」と思う人は、ほとんどいないのではないでしょうか? これまで検査に行った人や既に意識がある人の「忘れ防止」にはなるかもしれませんが、行ったことが無い人に対して行動変容を起こすことは非常に難しいと思います。それは現場で強く実感しています。私は株式会社リプロエージェントという会社で、女性活躍を目指す企業向けに「働く女性の健康管理」を支援する研修サービスを展開しています。近年は月経トラブル、子宮頸がん等の女性特有のがん、不妊の問題等が増加傾向にあり、女性が安心して働き続けるためには、しっかりとした健康管理の知識と習慣が不可欠だからです。
その業務や調査を通じて分かったことは、「検診に行っている人は周りに検診に行っているという人が多い」ということです。つまり周り次第。実に日本人的ですよね。ただ、良し悪しは抜きにしてそれが実態です。
なお、「男性への啓発を同時に(or女性以上に)推進」「女性を責めない方法」であればセーラームーンを起用すること自体は決して反対ではありません。国民的に有名なアニメキャラクターを啓発ポスターに起用するということはおそらく初めてで、本当に新しく検査を受ける人を開拓ができるかどうかがまだ分からないですから。ただし、行動変容がどれだけ起きたかという結果が大事です。しっかりと作ったポスターの「B/C」(費用便益比)を検証して、より啓発の精度を高めることが求められます。
(勝部元気)