
スーツ販売店「スーツのはるやま」を展開する、はるやまホールディングスが、2017年4月より「NO残業手当」の制度を導入した。月間残業時間ゼロの正社員(課長級以上を除く)に1.5万円支給するものだ。
これに対し、一般の会社員からは「うらやましい」という声が挙がっている。しかし一方で、「意図せず残業になった人は損をするのでは?」という意見もある。
賛否両論を生んでいるこのNO残業手当の制度について、残業削減に詳しい識者に意見を聞いた。
「NO残業手当」は残業削減に有効なのか

はるやまホールディングスが導入したNO残業手当は、残業削減に有効なのだろうか。残業削減・生産性向上コンサルタント 下山純生さんは否定的な意見を示す。
「率直に申しますと、NO残業手当は残業削減にほとんど効果が現れない、と推測します。
『残業削減=生産性の向上には“社員の(自発的な)意識改革”』と考えている企業がいまだに数多く存在しますが、社員の意識を変えようとしても、業務オペレーションを変えない限り、仕事の生産性は上がりません。現場では『仕事を残して帰っていいなら定時に帰れますが』というのが本音でしょう。
ましてや閑散期に至っては、残業する必要のない業務量であってもNO残業手当が支給されることになります。年間を通してみた場合『繁忙期の削減されない残業代+閑散期のNO残業手当』で、NO残業手当の導入前よりも労働コストがかかる可能性が高いです」
「NO残業手当」のデメリットは会社がすべて負担する
このNO残業手当に対する一般の意見として、「自分が意図せず、急きょ残業になった」場合、損したと感じるのではないかという意見も。これについてはどうか。
「少しの残業でNO残業手当の受給資格を失った場合に『損する』と感じるような社員は、損をしないように残業代が1.5万円に達するくらいまで残業するでしょう。逆に、少しの残業でNO残業手当の受給資格を失うくらいなら、その分の残業は申請しない社員も出るかもしれません。それ以外の社員は、繁忙期には1.5万円分の残業時間をゆうに超えて残業する訳ですので、NO残業手当に関係なく夜遅くまで仕事をします。
NO残業手当は、社員にとってデメリットなものではなく、デメリットは会社がすべて負担することになります」
今後「NO残業手当」を導入する企業は増えるか
NO残業手当は、今後、他企業でも導入される可能性はあるだろうか。下山さんはこう答える。
「先ほども申した通り、NO残業手当はコストがかかる割に残業削減の効果が得られないと推測します。はるやまが今年大幅に残業削減を達成しない限り、他企業が追随することはないでしょう。恐らく来年の今頃は、はるやまもNO残業手当制度は廃止しているかもしれません。
ただし、一般的に知られる残業削減対策のほとんどは社員にとって厳しい『北風政策』なのに対し、NO残業手当は社員のモチベーションに配慮した『太陽政策』であり、会社のブランドイメージが向上することは間違いありません。前向きな取り組みは失敗したとしても他で相殺されますので、どんどん改善アイディアを社内で創出していただきたいです」
残業時間を削減する具体的な例
残業時間削減は期待できそうにないというNO残業手当。そこで下山さんは、スーツ販売店の残業時間を削減する対策例を2つ挙げる。
「残業時間を削減するには『なぜその時間まで会社に残って仕事をしなければならないのか?』という原因を追究し、よりベストで具体的な“業務”対策を社員に示すことです。たとえば、次の方法があります」
●店舗には見本のスーツだけ置く
「スーツ販売店の繁忙期に残業時間が増えるのは、売れた商品の分を翌日の開店時間までに店舗にひと通りのラインアップを陳列する業務が原因の一つと推測します。
その残業を減らす対策として、店舗にはスーツを原則、見本だけ置くようにします。スーツはスラックスのスソ丈の修正が必要になりますが、これまでも顧客からはスソ直しに数日時間をもらっているため、問題ないでしょう。スカートの女性用スーツで手直しが必要ない場合でも、同様に少し時間をもらうようにします」
●早割注文制度で繁閑の波を小さくする
「繁忙期は12~1月(成人式用のスーツ)、3~4月(卒業・入学式用のスーツ、子供or両親)、9~10月(衣替えで秋冬新作スーツ)と時期と用途が明確ですので、“早割注文制度”として1ヵ月前注文は1割引、2ヵ月前注文は2割引などを導入して繁閑の波を小さくすることもできます。
「大半の会社で残業削減対策が成功しないのは、会社(社長)が社員に対策を丸投げし、現場だけで変わることを期待するからです。一方、現場では私の例にあるように、具体案を考えついても会社が案を採用してくれないことで変化が生じないのです」
(石原亜香利)
取材協力
残業削減・生産性向上コンサルタント 下山純生さん
「売上を落とさず、いかにして最小限の労力で最大限の利益を生み出すか」がモットー。
ブラック業界で有名なIT関連の業務に長年携わり、「1分でも長く睡眠時間を確保するための効率の良い仕事の進め方」を日々考え今に至る。残業時間前年比36%減、残業代約5,000万円減の実績を持ち、船井総合研究所のセミナーにも登壇。
「徹底解説!労働時間」(日本法令)にて執筆実績。
残業削減対策センター http://s-planners.com