「ひきこもらない」というタイトルだ。いわゆる「ひきこもり」向け、というわけではない。

偏差値・正社員・結婚・マイホーム・親戚付き合いで無理しないでいい『ひきこもらない』の提案
『ひきこもらない』pha(ファ)著/幻冬舎

学校を出て、定職に就き、決まった家に定住し、近所付き合い・親戚付き合いをし、特定の相手とずっと結婚状態を維持したりクルマ買ったり。戦後日本の「あたりまえ」とか「普通」の数々に居心地の悪さをおぼえ、「こんなことはできないな」という感じのphaさんが著者だ。家、街、常識、普通、そういうフレームの中に「ひきこもらない」ために考えたことや編み出した方法が、雑多にゆるく書かれている。

エッセイのような文章が集まった本で、章タイトルをいくつかあげると、
・街を家として使ってみる
・チェーン店以外に行くのが怖い
・スーパー銭湯があれば戦える
・旅と定住のあいだ
・小笠原諸島で何もしなかった
・ニートが熱海に別荘を買った話
って感じだ。

1つの仕事に打ち込み、1つの土地に住み続け、1つの家族を営み続ける。どれも素敵に思える人もいるだろう。実際、多数のサラリーマンがこのスタイルをとってきて、今も選ばれている。だけど当然、何かしっくりこない人も多いはずだ。また、このスタイルに適応しすぎて転勤や解雇、急病で痛い目にあう人も多い。無理に多数派に合わせずに、部分的にでもスルっと離脱すればよい。せっかく今、21世紀なのだから。

風呂や冷蔵庫など、シェアした方が節約になる物はどんどんシェアしていく。
混んでないファミレスを狙って仕事場にする。そういう具体的な生活について書かれていたり、サウナや放浪など、彼なりの気分転換の方法が書かれていたり、ここ10年ぐらいの「phaの生活」の一部を追体験できる感じだ。

たとえば、昼間の高速バスに乗って移動するのが楽しいらしい。知らない街に行って特に何もせずビジネスホテルに泊まって帰ってくるだけで、またすこし日常をやる気になるらしい。サウナの楽しさを知って、皮膚が喜んでいる感じがあり、「今までいかに脳や目や舌などばかりを喜ばせてきたか」を実感したらしい。全部phaさんの個人的なできごとだけど、なんとなく共感できることや、「僕もやってみようかな」と思えることがある。そしてそのどれもが「ほんの少しだけど、自分が苦しいと思っていた概念を砕いたり溶かしていく発端や習慣」になっている。

いきなり自由な人間になるのはむずかしい。シェアハウスを運営したり、会社勤めをせずにファミレスで文筆やって収入を得たり、phaさんみたいなことをやろうと思ってもなかなかできない。だけどphaさんのような生き方も別にマネしなくてよくて、「自分の生き方をカスタム」して、「ちょうどいいところ」「納得できる生活」を探っていけばいい。読んでるとその感覚が伝わってくる。「こういう試行錯誤があるんだな」とか、「こういう規模の失敗なら、こういうふうに立ち直れるんだな」とか。
自分なりに、自分の生活でも試したくなるって感じだ。

僕はphaさんの文章で個人的に好きなところがあって、色んな本や音楽が(あんまり必要なくても)話題に出てくるところだ。著者と読者の1対1よりも視野が大きく取れて肩がこりにくい。本書では小説『コンビニ人間』(村田沙耶香)、『人間失格』(太宰治)、『豊饒の海』(三島由紀夫)、漫画『吠えろペン』(島本和彦)、『マンガ サ道』(タナカカツキ)、『ハイスコアガール』(押切蓮介)などなど。あとで読んでみようと思う物も結構ある。「これがphaさんがああいう感じだった時に読んでた本か」とか、純粋に読むより興味もてたり楽しかったりする。なんか「信奉するほどじゃないけど、結構いいこと言う先輩と、サークルの部室でダベってる感じ」がちょっと味わえて好きだ。

固まった物は、一度ほぐさないと次に向かっていきにくい。あなたが今どういう考えかは別にして、違う考え方をゆるく読んでみるのは悪くないと思う。そこからphaさんと違う方向に進むのだとしても、それがあなたなりのカスタムなのだ。そういう、アメーバのような柔軟な姿勢が「ひきこもらない」ってことだと僕は思った。

旧著もあわせておすすめなphaさんの『ひきこもらない』は、幻冬舎から発売中。
電子書籍でも購入可能。(香山哲)
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