もともとは『シン・ゴジラ』というタイトルに「勝手に縁を感じた」という『クレヨンしんちゃん』側がオファーを出して実現した企画。放送されたのは昨年7月22日で、『シン・ゴジラ』が公開された7月29日の1週間前ということになる。
そう思って、今あらためて「しん・ゴジ」を観返すと驚くことが多い。『シン・ゴジラ』はマスコミ試写会の回数を減らすなどして、公開前の情報漏えいを徹底的に防いでいたが、「しん・ゴジ」については「よくここまでネタにすることを許可したな」と思わざるを得ないからだ。
『シン・ゴジラ』公開前によくぞここまで!
『シン・ゴジラ』のゴジラは最初に尻尾から登場するが、「しん・ゴジ」のゴジラも最初は尻尾から登場する。東京湾に出現するゴジラは、不揃いな歯、赤黒い肌など、庵野秀明総監督のオリジナル設定を忠実に再現したものだ。
姿を現したゴジラが咆哮! 鳴き声は、なんと『ゴジラ』側に許諾を得た本物の音源だ。『シン・ゴジラ』では第二形態のまま、呑川を遡上して蒲田方面に上陸するが、「しん・ゴジ」では東京スカイツリーの脇を通り、首都高速6号向島線、同三郷線に沿って北上、埼玉県八潮市浮塚にある浮花橋を破壊する! もちろん、ゴジラが目指すのは八潮市の先にある春日部市(劇中では春我部市)だ。
いちいち「東京湾」「東京スカイツリー観測カメラ」「埼玉県八潮市浮塚」など、明朝体でテロップが出るところは、まんま『シン・ゴジラ』だ。繰り返すが、放送されたのは公開前である。春我部に到達したゴジラが、しんのすけの住む一軒家を容赦なく破壊すると、テロップで「ローン返済あと32年」「サラリーマンの夢破壊」と出るのがおかしい。
ゴジラの進撃を食い止めるため、かすかべ防衛隊(しんのすけの幼稚園の友達たち)の一人、ボー博士が発明したオキシジェンデストロイヤーならぬ、気持ちも身体も大きくなる「オヤジジェンオオキクナルヤー」でしんのすけが巨大化! 巨大化するときのしんのすけが、『ゴジラ対メガロ』に登場するロボット、ジェットジャガーがゴジラを呼びに行ったときと同じ腕振りポーズを決めているのが特撮ファンの間で話題になった。
巨大化したしんのすけとゴジラが死闘を繰り広げるわけだが、決着の方法もどこか『シン・ゴジラ』を思わせないでもない。

『クレヨンしんちゃん』で怪獣大戦争マーチ!
絵コンテと演出は『クレヨンしんちゃん』テレビシリーズで監督を務めるムトウユージ氏。ムトウ監督といえば自他ともに認める特撮マニアであり、映画『クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』は、ヒーローに変身した野原一家が東京に現れる怪獣たちと戦うお話だった。タイトルの「大進撃」は『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』から採られたもの。また、同作品の特報には「尾形サルベージ」という看板が出て来るが、これは『ゴジラ』第1作の主人公、宝田明演じる尾形が勤めていていた「南海サルベージ」のパロディーだった。
もう一つ、『クレヨンしんちゃん』と『ゴジラ』の関わりで忘れてはいけないのが、原恵一監督による『クレヨンしんちゃん 爆発!温泉わくわく大作戦』だ。タイトルにあるとおり、風呂を憎むテロ組織「YUZAME」と日本の温泉を守る温泉Gメンが戦うというストーリーなのだが、登場する巨大ロボットの見せ方が完全に怪獣そのもの。さらに巨大ロボットが相手を威嚇するときにわざわざゴジラのメインテーマを流したり、逆に自衛隊の戦車隊が士気を高めるために「怪獣大戦争マーチ」を流したりする! 公開当時、劇場でひっくり返った大人のファンは多い。『シン・ゴジラ』では「宇宙大戦争マーチ」(アレンジ版)が流れるシーンが一番燃える! という人も少なくないだろう。
また、戦車マニアの原恵一監督に寄る自衛隊の戦車隊の描き込みは超絶リアル。90式戦車、74式戦車、82式指揮通信車をはじめ、数々の車両、ヘリコプター、兵器、戦闘機が登場する。さらに内閣総理大臣や閣議の様子なんかもちゃんと出てくるからか、「『シン・ゴジラ』の元ネタは『温泉わくわく大決戦』」という風説まで流布された。
「しん・ゴジ」放送に際して、『シン・ゴジラ』監督・特技監督の樋口真嗣氏が発表したコメントには、「(『温泉わくわく大決戦』を観て)やられた! と臍を噛み、地団駄を踏んだのが昨日のように懐かしいです」と書かれている。また、「しんちゃんと特撮的イメージはつかず離れず寄り添うように共に歩んできたような気がします。それが今回、遂に! 特撮愛あふれるムトウユージ監督の手によって、普段だったら絶対許されない共演、お祭りです!」とも。「普段だったら絶対許されない」というあたりがリアルだ。
『シン・ゴジラ』を観る前に観ても楽しめるし、観た後に観ても楽しめる。わずか8分少々なのに特撮ネタがぎっしり詰まった「しんのすけ対シン・ゴジラ」をお見逃しなく。
(大山くまお)