
つかみどころがないし、何を考えているのか分からない。けど、仕事はできる。
あなたの周りにもそういうタイプの人がいるのではないだろうか。一見、ヤル気がないようにも取られがちだが、勝負どころでは抜群の集中力を発揮して大きなクライアントとの商談を成立させて、ボンヤリしてるけど超可愛い彼女や奥さんがいたりする。そう、プロ野球界で言えば石井一久のような男である。
日本球界の“オトコ気”的価値観を否定
引退試合でのセグウェイに乗っての場内一周が記憶に新しい日米通算182勝サウスポーは、自身のキャラクターについて自著『ゆるキャラのすすめ。』(幻冬舎)の中で「いつもは冴えない感じでいるほうが、ちょっとした活躍でも大きく評価してもらえたりする」と冷静に身長185cmの大きなゆるキャラのメリットを語っている。
日本やアメリカで活躍した元メジャーリーガーならば、最近は自己啓発よりの自伝本を出すことも多い。だからこそ、この石井の著書は異質というか、本人と同じでまったくつかみどころがない内容だ。ちなみに「自己啓発書などは一切読んだことがない」という男だけあって、ためになるかと言われたら正直考え方が特殊すぎてあまり参考にはならない。けど、「世の中にはこういう人もいるんだな」と読者が楽しめる娯楽本だと思う。

石井は遠征や合宿に行く際も、3DSやPSPといった携帯ゲーム機を同機種で2台持参する。現地で壊れたり失くしたりすると困るからだ。家も各所に防犯カメラとセンサーを張り巡らせる完全警備システム。適当そうに見せてリスクヘッジ志向が高いエピソードとして紹介されているが、一般的な会社員で同じゲーム機を2台買ったら彼女にぶん殴られるのではないだろうか。
そして第2章のタイトルが凄い。いきなり「“オトコ気”は要らない」である。しかも「なんだか眠そう」というコメント付きイラストまで書かれている。野球人生でも一瞬の称賛よりコンスタントに成績を上げ続けることにこだわってきた石井は、日本球界のオトコ気的なものを否定する。要は理不尽な根性論や瞬間的な高揚感に流され、溺れることを警告しているのだ。
近代野球で通算182勝は素晴らしい成績だが、石井は日米ともに年間最高は14勝で、一度も15勝に到達していない。要はマイペースに自分のできる仕事を長年やり続けたわけだ。この章の記事タイトルは「オトコ気を出す人はケガをしやすい」「体育会的な挨拶は気持ちワルい」「ナンバー3くらいがちょうどいい」と、ざっと目次を見ただけで本文を読みたくなる記事の数々。一応断っておくが、本の発売は2014年10月なので、決して黒田博樹の広島復帰をディスっているわけではない(当たり前)。
「憧れもライバルもいらない」
そんな石井は子どもの頃は野球よりサッカーが好きで、野球中継でバラエティ番組が中止になると腹を立てていたという。
で、石井は書くのだ「憧れもライバルもいらない」と。そう言えば、ある大物選手のことをインタビュアーから「スーパースターでしたが?」と聞かれた際、「僕には別にスーパースターではありませんでした」的なコメントをひょうひょうと残していて驚愕したことがある。
オトコ気的な瞬間風速の“場の空気”や“ある種の体育会系ムード”に流されることなく、常識に縛られず、気付いたことや違和感をひらめきに活かす。例えば前述の引退試合でのセグウェイも、先輩選手の引退セレモニーでのグラウンド一周が間延びして興ざめしたからだという。
ちなみにこの本で紹介されたエピソードで個人的に最も面白かったのが、プロ野球選手の奥さんのブログで品数たっぷりの食卓紹介を見た石井が、「毎食毎食、それを用意する奥さんも大変だろうけど、毎食毎食、それを平らげなきゃいけないダンナも大変だろうなぁ…」なんて嘆くくだりである。分かる、男は別に毎日豪華料理を食べたいわけじゃない。ノーマルな家庭料理でいいのである。いやこの“家庭料理のライン”を語り出すと長くなるのでまた次の機会にしよう。
正直、会社でゆるキャラ作戦は結構リスキーだし、真似しない方がいいと思う。PS4を2台買ったら、怒った奥さんは実家に帰ってしまうかもしれない。
【プロ野球から学ぶ社会人に役立つ教え】
その場の“オトコ気”ムードに流されるな。