文科省×民間の初の留学支援制度は“引っ込み思案”な日本の若者をどう変える?

近年、日本人の単位取得を伴う海外留学者数が減少している。これを受け文部科学省と民間企業が協力して日本の若者を海外留学へと送り出す、初の留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN」が2013年からスタートした。

いまの若者の傾向や、このプロジェクトで若者にどんな変化が起きているのか、プロジェクトディレクターである船橋力さんに聞いた。

「トビタテ!留学JAPAN」とは


「トビタテ!留学JAPAN」とは、2020年までに海外留学する学生を、大学生は6万人から12万人へ、高校生は3万人から6万人へ倍増させる目標を掲げてスタートした。文部科学省が初めて、民間企業からの支援や寄付を募って実施している留学促進キャンペーンだ。

日本学生支援機構の調査によると、大学生の留学は高等教育機関(大学、大学院)への留学、インターン、語学研修を含む広義の留学については近年、大幅に伸びているそうだ。

しかし、日本人全体の高等教育機関(大学、大学院)への単位取得を伴う海外留学人数を各国で比べると、2013年は中国約73万人、アメリカ約30万人、インド約19万人、韓国約17 万人、日本約6万人と日本が大きく少ない結果となっている。さらに日本の場合、年々人数が減少しているという。

日本人の内向き志向もあり、このままでは日本が取り残されてしまうという危機意識から、意欲のある学生を世界に出し、グローバル化に対応できる若者を育てようというのが同プロジェクトの考えだ。

主な取り組みは、「日本代表プログラム」という返済不要の奨学金でサポートする留学支援制度。留学にかかる授業料や現地活動費などは、100%民間の寄付を財源としてまかなう。現在までに、約230社もの民間企業から116億円以上の寄付が集まっているという。

お互いの意見が違うことを恐れていては海外ではやっていけない


文科省×民間の初の留学支援制度は“引っ込み思案”な日本の若者をどう変える?

このトビタテ!留学JAPANを軌道に乗せたプロジェクトディレクターの船橋さんに、今の日本人の若者が抱える「内向き志向」の課題や、留学の効果、今後の展望などを聞いた。

――船橋さんご自身も、幼い頃は海外で過ごした経験があるそうですが、今の日本人の若者は世界と比べて、やはり「内向き志向」なのでしょうか。

船橋力さん(以下、船橋):最近は日本人でも幼少の頃から海外旅行を経験する方も増えていたり、日本に来る外国人も増えていたりして、環境や人それぞれで一概には言えません。ただ、人種のるつぼと言われるような国々の若者に比較すると、一般論としては、同級生が自分と違う価値観であることを前提として自分を出している若者は少ないと思います。
お互いの意見が違うことを恐れて、本当はNOなのに空気を読んでYESと言ったり、わからないことがあっても授業中に質問しなかったり、目立たないように周囲に同調してしまったりしがちなのは残念です。海外では、それでは生きていけません。

ただ、実態は内向きばかりではなく、二極化しているところもあるのは、ぜひ大人の皆さんに知っておいていただきたい点です。トビタテ派遣留学生と触れると、ものすごく積極的で、外向きの学生ばかりで、まだまだ日本は捨てたものではないと思えます。

とはいえ、よくトビタテ派遣留学生が「トビタテ学生コミュニティの魅力のひとつが、大きな夢とか目標、努力していることを堂々と言い合って切磋琢磨できること。学校では、意識高い系とか、自慢と思われて浮きそうなので、真面目な話はしにくい」と言っているのを聴くと、危機感を感じます。

海外留学で若者にどんな変化が起きる?


――「トビタテ!留学JAPAN」は、単に留学者数を増やすだけでなく、日本人の内向き志向を改善する意味もあるそうですが、留学によって若者にどのような変化が起こるとお考えでしょうか。

船橋:留学することの最大の意味は、日本の常識が通じないアウェイ環境に飛び込むことで、予想外の困難に日々ぶつかり、嫌でも解決しないといけない状況に追い込まれることです。学生の中で、「常識」のあり方が変わって視野が広がったり、異なる価値観を持つ人々と意見をすり合わせながら協力し合ったりする経験を通じて、タフなコミュニケーション力が身に付きます。

また、安心安全、そして比較的単一な将来設計、価値観が同調圧力として存在する中で生活する人が多い日本の社会の中では、夢、目的、志、問題意識、今の自分への違和感などを見出すのは、きっとむずかしいことだと思います。留学では、新しい世界と今までの自分との間の葛藤と共に、それらが見つかりやすいようです。具体的には、高校生がこれから入学する大学で何を学ぶのか、将来はどう生きたいのかなど、とことん考えさせられる経験によって、人としてのエンジン(モチベーション)とコンパス(方向性)を獲得しやすくなります。


文科省×民間の初の留学支援制度は“引っ込み思案”な日本の若者をどう変える?

――留学では大きな成長が期待できるようですが、逆に、何か懸念されていることはありますか?

船橋:自分なりの目的を持つなど、自らの意志で留学しなかった場合、困難にぶつかったときに、「この国は自分に合わなかったんだ」などと解決する前に逃げたり、自分の殻に閉じこもったりしてしまう可能性があります。


そうならないためには、立ち戻れる自分なりの目標や、アドバイスし合える友達やメンターを作っておくことが効果的だと思います。その観点から、「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」では、応募の段階から「あなたは何がしたいか」という留学の目的を問い、渡航前の事前研修でも徹底して自分の大切にしていることの軸を掘り下げさせたりしています。また、留学する仲間同士の交流を促進して、心が折れそうになったときに支え合える環境を作っています。

留学後の若者の可能性


――実際、すでに留学した学生たちを見て、どのように感じられていますか?

船橋:自分なりの目標を持って帰国したトビタテ生を見て嬉しいのは、自信をつけたな、という点です。行く前の目標を順調に達成できた学生もいれば、挫折して、まったく違う目標を見つけて帰ってくる学生もいますが、いずれにしてもたくましくなっています。

ただ、当然のことではありますが、視野や選択肢が広がるあまり、自分の経験をどう生かすかについて、かえって迷いが生じる学生も一定数います。帰国後の事後研修では、留学経験で得たものの棚卸しから、日本や世界にどう貢献するかじっくり考えてもらいますし、5,000名近くいるトビタテ生による同窓会組織「とまりぎ」の先輩後輩の関係が、よいロールモデルを示せるようになると良いと思います。


【取材協力】
文科省×民間の初の留学支援制度は“引っ込み思案”な日本の若者をどう変える?

船橋 力(ふなばし ちから)さん
文部科学省 官民協働海外留学創出プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」プロジェクトディレクター。
1970年横浜生まれ。幼少期と高校時代を南米で過ごす。上智大学を卒業後、伊藤忠商事に入社。2000年に同社を退社後、ウィル・シード設立。
2009年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選ばれる。2013年文部科学省中央教育審議会委員に任命、同年より現職。

(石原亜香利)
編集部おすすめ