教育なのか、レクリエーションなのか スポーツ大国に存在する厳しいルール

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。今回取り上げるのは、子供のスポーツ活動について。
スポーツ庁は3月に中学生と高校生のクラブ活動に関する指針を公表し、2日以上の週休や1日の活動時間(平日)を2時間程度にするといった新たなガイドラインに、指導現場からは戸惑いの声も上がった。スポーツ庁の新指針には賛否両論あるが、アメリカでは「子供のスポーツ活動」に対して、より厳しいルールが存在する。

10才以下のヘディングは禁止
米サッカー協会の新ルールには驚きの声も


教育なのか、レクリエーションなのか スポーツ大国に存在する厳しいルール

昨年5月の話。英プレミアリーグの最終節で、ストークはベテランストライカーのピーター・クラウチのゴールを守りきる形で、サザンプトンに1-0で勝利してシーズンを終えている。2メートルを超える身長で知られるクラウチは、その体格を活かしたヘディングによる得点も得意としているが、サザンプトン戦での得点も、クロスに合わせたヘディングによるものであった。この試合でのゴールによって、クラウチはプレミアリーグにおけるヘディングの得点数を50とし、プレミアリーグ初となる「頭で50ゴール以上を記録した最初の選手」となった。

クラウチがプレミアリーグで記録した全ゴールの約半数はヘディングによるもので、過去の名ストライカーと比べても、ヘディングによるゴールの比率は非常に高い。
サッカーにおけるヘディングでのゴールは、全体の数割程度と言われているが、「フットボール」という名前が示すように、世界各地のゴールネットを揺らすのは、ほとんどの場合は足から放たれたシュートである。それでも、ヘディングによるゴールで記憶に残るものは少なくないし、相手ボールのヘディングを使ったクリアは、サッカーの試合では普段の光景だ。

サッカーでは当たり前のように使われてきた(そして現在も使われている)ヘディングだが、脳震とうを引き起こす原因ではないかと考え始められ、頻繁にヘディングを行ってきたサッカー選手の間で引退後に認知症に苦しむ者が少なくないという現状も、近年の調査で少しずつ明らかになっている。90年代にイングランド代表のストライカーとしてゴールを量産したアラン・シアラー氏は昨年、英BBCのドキュメンタリー番組の中で元選手や医療関係者らにインタビューを行い、認知症に悩まされる往年の名選手が少なくない現実を紹介している。50年代や60年代にイングランドのプロリーグで使われていた革製のサッカーボールは300グラム程度と、現在のボールと大差ない重さだが、雨の日に行われる試合では多くの水を吸収してしまい、重さが倍近くに達していた。クロスなどで飛んでくる600グラムのボールをヘディングするのは、ボクシングの試合で頭部にパンチを受けるくらいの衝撃があるのだという。


ヘディングによる脳震とうの可能性は以前から指摘されていたが、昨年放送されたBBCのドキュメンタリーでは、将来的な認知症リスクを高める可能性も指摘された。サッカーにおけるヘディング行為が禁止されることは、少なくとも当面は無さそうだが、子供への指導でヘディングを敬遠する国も出てきた。米サッカー協会は2015年11月、10歳以下の子供のヘディングを禁ずることを発表した。この新しいルールはサッカー協会の傘下にあるユース代表や、サッカーアカデミーに所属する、いわゆるエリート選手のみが対象となっており、地域のサッカーチームや学校のサッカー部に適用されない。

きっかけとなったのは訴訟リスク
結果的に子供のケガを防ぐルールが続々と誕生


米サッカー協会が10歳以下の子供にヘディングをさせない決定を下した背景には、その前年に「脳震とうの危険性を教えないまま、子供にヘディングをさせていた」として、協会が告訴された一件が存在する。訴訟大国としてのアメリカが垣間見えるエピソードだが、「スポーツにおける負傷」が訴訟理由になることは珍しくない。


余談になるが、NCAA(全米体育協会)の1部でプレーするアスリートは事実上の「プロ予備軍」だが、「スポーツによる報酬を学生に与えてはいけない」というNCAAのルールが存在するため、大学スポーツのスター選手は奨学金と僅かな生活費を学校側から提供される(監督やコーチはこのルールの適用外となっており、数億円の年俸で契約する監督もいる)。しかし、試合や練習で負傷した際に、高額な医療費を学校側が全額支払うことは「報酬」にあたるという不可解な考えが今も残っており、アメリカンフットボールを中心に負傷した選手が学校側と訴訟トラブルになるケースも。

スポーツによるケガと訴訟リスクの両方を回避する目的で、子供のスポーツに細かい設定を設ける自治体も増えている。アメリカでは高校生がプレーする野球で、ピッチャーの投球数に厳しい制限が設けられている。ほとんどの州で投手は1試合に最大で125球までしか投げることができず(州によっては100球まで)、アリゾナ州やメリーランド州では、1試合で76球以上を投げたピッチャーを最低4日間は休ませなければいけないというルールとなっている。若い時に肘や肩を酷使して、野球はおろか、普段の生活にまで影響が出るようなケガを未然に防ぐために、各自治体や競技団体で様々な取り組みが行われている。


日本でも部活の時間短縮や、練習内容といった面で改革の必要性が叫ばれているが(日本の部活は、子供だけではなく、保護者や教員にとっても大きな負担となっている部分もある)、精神面を鍛える教育の一環としてだけではなく、生涯楽しめるレクリエーションの1つとしてのスポーツにも目を向けてみると、ケガに関する教育や予防はもっと行うべきではないだろうか。
(仲野博文)