日本も他人事ではなくなる? 「オーバーツーリズム」問題に悩む国々

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。今回取り上げるテーマは、昨年から世界中の有名観光地で使われるようになった「オーバーツーリズム」という問題だ。
国策として、海外からのインバウンド客をさらに増やそうという流れが続く日本だが、「オーバーツーリズム」が他人事ではなくなる時代がやってくる可能性は存在する。

全人口の10倍以上の観光客が押し寄せるクロアチア
この数年でオーバーツーリズムという言葉が世界的に定着


「オーバーツーリズム」という言葉を昨年に入ってからたまに耳にするようになった。観光業界では以前から存在した言葉なのかもしれないが、ニュースで取り上げられるようになったのは、昨年夏ごろからではないだろうか。意味を簡単に説明しておくと、「オーバー」という言葉が示す通り、想定していたキャパシティをはるかに上回る数の観光客が押し寄せることによって、市民との間に軋轢が生じたり、町のインフラに少なからぬ影響を与えたり、町の景観の変化、大量のゴミ問題などが発生する状態のことである。

もともと有名観光地には同様の問題は以前から存在していたが、最近はトリップアドバイザーのようなサイトによって、地元の人しか知らないような「穴場スポット」に関する情報も旅行前に簡単に入手できるようになり、Airbnbによってホテル以外の宿泊場所を確保することも容易になった。これらのサイトは多くの旅行者に重宝されているが、同時にこれまでとは比較にならない数の観光客が有名観光地に大挙して押し寄せる一因にもなった。

全人口の何倍もの観光客がやってくるという国は少なくない。
日本政府観光局が1月に発表したデータによると、2017年の訪日外国人数は約2869万人に達していた。しかし、これを日本の人口で比較した場合、全人口の25パーセント以下となる数字だ。観光客の間で人気の高い他の国ではどうなるのだろうか。

観光客の算出方法は国によって異なるが、昨年スペインを訪れた観光客は約1億1500万人で、スペインの人口(約4600万人)と比較すると、実に全人口の2.5倍近い外国人がスペイン観光を楽しんだことになる。日本からもそれほど離れていないシンガポールの人口は約560万人だが、昨年は人口の約3倍となる約1600万人の観光客を受け入れている。観光大国として知られるフランスでも昨年、人口の3倍強となる約2億人の観光客数を記録した。
人口33万人のアイスランドにいたっては、5.6倍となる約190万人の観光客が訪れている。しかし、最も衝撃的なのはクロアチアの数字だ。観光業に力を入れるクロアチア政府の努力が実る形で、同国を訪れる観光客は年々増加。昨年クロアチアを訪れた観光客は日本のインバウンド客をはるかに上回る約5800万人であったが、クロアチアの人口は420万人ほどだ。つまり、人口の13倍以上となる観光客がやってきたことになる。

日本も他人事ではなくなる? 「オーバーツーリズム」問題に悩む国々


クロアチア滞在中の観光客もよく訪れる、ザグレブにあるミマラ博物館で学芸員として長年勤務し、現在はロンドンで暮らすレイラ・メヒュリッチさんが、変わりつつあるクロアチアの現状について語る。


「世界中からこれだけ多くの観光客がクロアチアを訪れてくれることには、クロアチア人としての誇りを感じます。ただ、あまりに多すぎる観光客に対応するため、市民の生活に変化が生じたのも事実です。たとえば、人気観光地でもあるスプリトでは、多くの住民が夏に長期間アパートなどを観光客に貸し、その間は別の場所で暮らすというライフスタイルができました。ドゥブロブニクの旧市街では、建物の所有者が投資や商売の利用を考える外国資本というケースが急増したため、観光シーズンではない冬場になるとゴーストタウンのような街並みに変貌してしまいます」


市民生活を守るために規制を設ける有名観光地も
日本はオーバーツーリズムとは無縁なのか?


オーバーツーリズム対策に動き出した自治体もある。イタリアのベネチアでは、4月末から5月初めにかけて市内の中心部にゲートを設置。主に観光客が多く集まる駅前や広場といったエリアにゲートは設けられているが、ベネチア市民やベネチアを頻繁に訪れる人たちには通行許可書が与えられ、ゲートを抜けて歩き続けることが可能であるが、通行許可書を持たない観光客には警備員から別のルートを使うように案内される仕組みだ。
ベネチアではすでにクルーズ船の入港禁止や、市内の幾つかのエリアでは訪問者数の制限を実施している。人口5万人ほどのベネチアを訪れる観光客は、年間3000万人を超えている。

ベネチアでは、市民が普通の生活を送るためには、行き過ぎた観光業は必要ないという声も上がっており、押し寄せる観光客に歯止めをかけるよう求めるデモも開かれている。同様のデモはスペインのバルセロナでも実施された。人口約160万の町を訪れる観光客は、毎年3000万人を超えており、「移民」ではなく「観光客排斥デモ」が市内で開催されたことも。ポルトガルのリスボンでは、観光客をもっと呼び込もうと、行政が民泊を奨励したのだが、これが結果的に住宅価格の高騰(上昇率は約2割!)を招いてしまった。
観光ビジネスはどの国でも魅力的ではあるが、市民生活や、インフラ、地価や物価にまで影響が出るケースが少なくない。

ここまで大きな事態に発展したという例は、日本ではまだ聞こえてこないものの、民泊規制以外では、公共交通機関で増え続けるインバウンド対策を実験的に進めているところもある。年間5000万人以上の観光客が足を運ぶ京都では、市民の足として利用されている京都市バスが観光客の増加によって常に混雑するようになった。インバウンド客にとってはバスの運賃を小銭で払うことも簡単ではなく、それによってバスの停車時間が長引く傾向が発生し、ダイヤそのものに大きな乱れが生じることも。京都市交通局は昨年10月、バスの後ろから乗車して、前から降車するというやり方を、真逆の「前乗り後ろ降り」に変更。5日間限定の実験的なものであったが、バス停における平均停車時間が約12秒短縮されたのだという。


現時点ではヨーロッパで議論されているような「オーバーツーリズム」は、日本ではまだ社会問題とはなっていない。しかし、国策としてさらに多くの訪日外国人数を増やそうとする場合、何年か先には日本でもオーバーツーリズムが日常の言葉として使われるようになるのかもしれない。
(仲野博文)