アマゾン「第二本社」誘致に賛否両論 自治体による税金投入の効果は?

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。

今回取り上げるテーマは、ネット通販の最大手アマゾンが先月13日に発表した第二本社の建設予定地決定から考える、自治体による企業誘致における「インセンティブ」の功罪についてだ。
西海岸のシアトルを拠点に大きな成長を遂げたアマゾンが東海岸の二カ所に第二本社を建設することで、多くの雇用が生まれ、税収アップも期待されているが、第二本社の誘致を成功させるために自治体は高額のインセンティブを用意しており、民間企業の誘致に多額の税金が投入されることへの批判も少なくない。


238の自治体が誘致に名乗り出たものの
第二本社はワシントンとニューヨークに


アマゾン「第二本社」誘致に賛否両論 自治体による税金投入の効果は?

アメリカの賃貸物件情報サイト「ザンパー」は先月29日、2018年にアメリカ国内でもっとも平均家賃が高かった町のトップ10を発表した。2位のニューヨークを大きく引き離す形で首位に輝いたのは、カリフォルニア州サンフランシスコで、市内で1LDKの物件を借りようとした場合、家賃の平均は実に40万円となる。サンフランシスコに住むエンジニアの男性は筆者に対し、「間違った数字ではないと思います。実際には平均家賃はもう少し高いと思っていたくらいです」と語ったが、2LDKになると約50万円が平均的な相場となるようだ。

日本では考えられない家賃の高さ。しかし、これはサンフランシスコに限った話ではない。
ザンパーの発表したランキングによると、第10位にランクインしたカリフォルニア州サンタアナでさえ、1LDKの平均家賃は約21万円だ。アメリカの全ての都市を対象に行われた家賃調査だが、トップ10入りした町の7つが西海岸にあり、そのうちの6つはカリフォルニア州に集中していた。残りの3つは東海岸のニューヨーク、ボストン、ワシントンで、シカゴやヒューストン、マイアミといった有名都市がランク外となっている。

家賃の高騰が目立つ町に目を向けると、ある共通した事実が浮かんでくる。IT系、金融系企業が拠点を置く町、またその周辺の町で家賃が目を見張るほどの高騰を続けているのだ。サンフランシスコはフェイスブックなどの世界的なIT企業の社員らが数多く住み始め、結果的に家賃が凄まじい勢いで高騰し、ホームレスの急増が社会問題にもなっている。

サンフランシスコのような問題を抱える町は他にも存在し、逆に「大きなIT系企業や金融系企業が移転してきたりすると、生活コストがあがってしまうため、自分の町には来てほしくない」と考える市民はアメリカ全土にいるが、自治体は市民とは異なる考えを持っている場合が多い。

米西海岸を拠点とするネット通販最大手のアマゾンは先月13日、第2本社をニューヨーク市のロングアイランドシティと、首都ワシントンに近いバージニア州アーリントン群クリスタルシティの二カ所に建設することを決定したと発表した。第2本社建設構想の存在は1年以上前に公になり、アメリカ国内では238の自治体が誘致に名乗りを上げた。アマゾンが最終的に選んだのは、アメリカ経済と政治の中心地として知られる東海岸の二都市であった。アマゾンはそれぞれの町で2万5000人ずつ新たな雇用を創出し(合計で5万人)、アマゾンが東海岸で採用する5万人の平均年収は15万ドル(約1700万円)に設定されており、自治体側は個人・法人両方からの税収や、消費の拡大による地元経済の活性化を期待している。


アマゾンのケースは特殊なのか?
アメリカではプロスポーツの世界でも


2都市で5万人の雇用が創出され、しかも彼らの年収平均が15万ドルに達すると聞けば、地元経済や自治体の財源確保といった面でもいい話ばかりに思えてしまうのだが、実際にはそれほど単純な話ではないようだ。
アメリカでは大企業やスポーツチームを誘致したい自治体が、補助金や税制優遇措置といった「インセンティブ」を用意し、企業側も好条件を出した自治体を選ぶケースが珍しくない。

自治体が示した「インセンティブ」に魅力を感じて、本拠地を移転させた例は野球に多く見られる。1950年代から70年代にかけて、メジャーリーグでは実に12のチームが本拠地移転やチーム数の増加による新球団設立によって、新しい町をホームタウンにした。この時代、プロスポーツチームを誘致しようとする自治体が、様々な形のインセンティブを用意した。やがて多くの自治体で使われるようになったのが、市がスタジアムを作り、無償またはそれに近い形で球団に使ってもらうという方法だ。納税者からの反対を回避するために、球団の誘致に動いた自治体の多くは地方債を乱発した。


アマゾンに話を戻そう。ロングアイランドシティとクリスタルシティがアマゾン側に提示したインセンティブを巡っては、第二本社の建設がすでに決まった現在でも、賛否両論ある状態だ。「損して得取れ」という言葉のように、自治体は長期的なビジョンで、税収アップや地元経済の活性化を期待している。しかし、今後10年でアマゾンには総額2000億円以上の税制優遇措置が与えられ、さらに建設費用等で1000億円を超える補助金が出されることも決定している(それぞれ、2都市での合計)。税制優遇措置を不公平と考える地元企業や納税者は少なくなく、税金から捻出されることになる補助金に対する批判はさらに多い。

スポーツチームでも、世界的な大企業でも、町の知名度をアップさせたり、税収を大きくアップさせることができれば、ある意味で成功と言えるのかもしれない。
しかし、特定の企業に莫大な額となるインセンティブを用意したり、それが税金から捻出されることに対しては反対論も根強い。また、ロングアイランドシティとクリスタルシティが経済的に潤ったとしても、地価の上昇などで長年に渡って住んでいた住民がホームレスになったり、引っ越しせざるをえない状況になるリスクはないだろうか。誘致が諸刃の剣にならないことを願うばかりだ。

(仲野博文)