2019年4月29日に行われた日本翻訳大賞の授賞式に行ってきた。翻訳本の授賞式ということで堅苦しい雰囲気かと思いきや、とても和やかな集い。
受賞者も、選考委員らスタッフも、そして海外文学好きの観客たちも、皆がニコニコと進行していたのが印象的だった。
今回の受賞作は『ガルヴェイアスの犬』( ジョゼ・ルイス ペイショット/木下眞穂訳) と『JR』(ウィリアム・ギャディス/木原善彦訳)。
全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
音楽家の顔も持つ選考委員・西崎憲さんのバンド演奏に乗せて、誰よりも原作を読み込んだ翻訳者による「お気に入り部分」を受賞者ふたりが朗読。『ガルヴェイアスの犬』の木下眞穂さん

全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
『JR』の木原善彦さん

日本翻訳大賞とは?

 
全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
イラスト/まつもとりえこ

きっかけは「翻訳賞がないのはおかしいしまずい」という西崎憲(小説家・翻訳家)のツイートにエキレビ!でもおなじみ米光一成が反応したことから。2015年にスタートしたこの日本翻訳大賞は公や企業の資金援助を受けずクラウドファンディングや寄付で運営されている。翻訳家5名(西崎憲、金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、松永美穂)を中心に回を重ね、今年で5回目。

第一次選考は読者の推薦。約1年のあいだに刊行された翻訳作品から読者それぞれが一番推したいものをウェブ上で推薦する。特徴的なのが、必ず推薦文をつけなければいけないこと。つまり読者もそれなりにオタク、もとい、読書家ということが窺われる。
この推薦文がかなり、アツイ(公式サイトに一部掲載。ぜんぜん読書家じゃない私ですら「この本が1好きだぁ!!」という熱量に引き込まれた(人が推しを語る姿はステキだ)、ぜひ覗いてみてほしい。
全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
イラスト/まつもとりえこ

第二次選考は読者推薦の多かった10作と選考委員5人による推薦作の計15作が残る。それぞれの言語の専門家による原文比較もしっかり行われるそうだ(これまでの受賞作だと韓国語、チェコ語、英語、バスク語、フランス語、スペイン語、ポーランド語、ポルトガル語)。

ここから選考委員によってさらに絞られ、大賞が決まるしくみ。ちなみに毎年2作が大賞を受賞している理由は「1作に絞りきれないから」。「本来は大賞だから1作に絞るべきなんですけど、どれもいいからねぇ」と楽しそうに困る審査員の柴田元幸さん。

授賞式では大賞以外の作品についても選考委員会による鼎談が行われた。「これはこういう話で、ここがすごくて、ここがいい!」とワイワイ。選考委員という立場なのに批判めいた言葉が一切ない。上から目線ではなく「翻訳者仲間のよい仕事をたたえよう!」という心意気を感じた。

『ガルヴェイアスの犬』 と『JR』

 
2019年、大賞に選ばれたのは『ガルヴェイアスの犬』と『JR』の2作。
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イラスト/まつもとりえこ

『ガルヴェイアスの犬』(ジョゼ・ルイス・ペイショット/木下眞穂訳 新潮社)
ポルトガル・ガルヴェイアスの村にいる人や犬の視点を通して物語は描かれる。
翻訳の木下眞穂が原作者ペイショットのファンだったことから翻訳の話が進んだ。さらに作者に誘われて木下はガルヴェイアスの村にも連れて行ってもらったそう。審査員からの「土の匂いのするような小説!」という賞賛を聞いて読んでみたくなった。

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イラスト/まつもとりえこ

『JR』(ウィリアム・ ギャディス/木原善彦訳 国書刊行会)
「JRと言ってもジャパンレールウェイじゃないですよ(笑)」「画期的な小説。ほとんどが会話で構成されていて、翻訳は誰が言っているセリフなのか分かるようにしなければいけない。原文では誰が言っているのかということをあえて分かりにくく書いている部分もあるが、そんな中ですばらしい仕事です」と審査員。

「作家は自国の文学を作り、翻訳家は世界の文学を作る」という言葉があるそうだ(木下へのビデオレターでペイショットが引用したジョゼ・サラマーゴの言葉)。
翻訳作業ってどんなんだろう。いままで深く考えたことがなかった。想像もつかないけど、語学の堪能なひとにとっては、会社員が手書きメモからエクセルに起こしていくような感じなのかな? うーん、わからない。

今回授賞式を見て、多くの読者が「この本おもしろい」と推した本は翻訳者自身が「この本(原作)おもしろい!」と惚れ込んで、苦心して、懸命に翻訳していたんだなぁということを知った。この賞をつくるきっかけになった「翻訳賞がないのはおかしいしまずい」というツイートにも納得。この日本翻訳大賞が長く続きますように。
全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
『JR』/国書刊行会

全員オタクで全員アツイ「日本翻訳大賞」に行ってきました、どんなジャンルでも人が推しを語る姿はステキだ
『ガルヴェイアスの犬』/新潮社

第5回日本翻訳大賞(→公式サイト
2019年4月27日 デジタルハリウッド大学 駿河台ホール

【大賞】
『ガルヴェイアスの犬』(ジョゼ・ルイス・ペイショット、木下眞穂訳、新潮社)
“内容紹介/巨大な物体が落ちてきて以来、村はすっかり変わってしまった。ポルトガルの傑作長篇。
ある日、ポルトガルの小さな村に、巨大な物体が落ちてきた。異様な匂いを放つその物体のことを、人々はやがて忘れてしまったが、犬たちだけは覚えていた。村人たちの無数の物語が織り成す、にぎやかで風変わりな黙示録。デビュー長篇でサラマーゴ賞を受賞し「恐るべき新人」と絶賛された作家の代表作。オセアノス賞受賞。”
『JR』(ウィリアム・ ギャディス、木原善彦訳、国書刊行会)
“内容紹介/11歳の少年JRが巨大コングロマリットを立ち上げて株式市場に参入、世界経済に大波乱を巻き起こす!? ミステリ作家・殊能将之も熱讃した、世界文学史上の超弩級最高傑作×爆笑必至の金融ブラックコメディがついに奇跡的邦訳!! 第27回全米図書賞受賞作。”
【最終候補作品】
『奥のほそ道』(リチャード・フラナガン、渡辺佐智江訳、白水社)
『自転車泥棒』(呉明益、天野健太郎訳、文藝春秋)
『すべての、白いものたちの』ハン・ガン、斎藤真理子訳、河出書房新社

(イラストと文/まつもとりえこ)
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