ドームセットを1/10のの規模で堪能

本ツアーは2018年10月にリリースされた最新アルバム『重力と呼吸』を携え、全国のアリーナ会場と初の海外単独公演となった台北アリーナを巡った前ツアー【Mr.Children Tour 2018-19 重力と呼吸】の基本コンセプトを引き継ぎつつ、新たにドームツアーとして構成されたもの。とはいえ、追加公演的な要素は少なく、スケール感は破格に大きくなり、セットリストも一新。
ただ、この沖縄公演のみ会場のキャパシティが約3,000人と、約5万人を収容していた東京ドームと比較すると1/10にも満たない。もはや会場全体がドームでのアリーナ席最前ブロックのような距離感。5万人を圧倒していたステージが一体どんな形で繰り広げられるのか、そして、ツアーファイナルをどんな形で締めくくるのか、否が応にも期待が高まる。
「ホームパーティみたい」近い距離だからこそ生まれた空気感

ステージが見えすぎてしまうがゆえに、準備をするスタッフがステージに現れただけでメンバーと勘違いして拍手が沸き起こるというちょっとしたハプニングがありつつ、そこから手拍子が始まりオープニングに突入。オープニングテーマを弾く田原(G.)の姿がはっきりと見てとれる。鈴木(Dr.)、中川(B.)、そして桜井(Vo.&G.)までがステージに揃うと、銀の紙吹雪が客席に放たれ「Your Song」からライブはスタート。スピーカーを通さずとも聞こえてくる生のドラム音からのリズムに乗りながら、体を揺らし、腕を挙げる観客たち。ステージを左右に動き回り、すぐ目の前にやってくる桜井の姿に興奮しながらも、「聴かせてくれ沖縄!」(桜井)と言われると、“オーオゥオー”と大きな声で応える。
今回、ドーム用に作られたセットのすべてを1/10以下のサイズの会場に完全に再現することは難しく、ドーム公演では観客から感嘆の声も上がった映像が投影できる可動式の花道はなく、ステージ背面の巨大ビジョンも動くことはなかった。だが、それだけに近い距離だからこそ生まれる阿吽の呼吸や、アットホームな空気感があり、この会場だからこその場面もたくさん生まれた。

ステージが青い光で包まれ、ギターの優しいイントロが流れ出すと、桜井が「沖縄、カモン!」と叫び、「Starting Over」へ。背景の巨大ビジョンにメンバー4人の姿が大きく映し出されるが、肉眼で見るかビジョンで見るか迷ってしまう。
「知ってた? 今日このツアーの最終日です。ひとつはね、もう二度とライブをやりたくないって思うくらい、全部をここで出し切って終わりたい。もうひとつは俺らまだまだできるっていう感触を残して、最後を終えたい」
桜井はツアーファイナルへの思いを語りながら、この日の会場をドームと比べると「ホームパーティみたい」なんて笑いつつ、「ドームのお客さんの10倍以上の濃度を味わって頂きたい」と気合を見せる。


「HANABI」、「Sign」と、「平成のヒット曲をこの令和へ」と桜井が紹介した大ヒット曲を届けると、ライブは中盤に差し掛かる。ドーム公演ではここから花道の特性を存分に活かしたブロックに入っていたのだが、この日はその花道がない。そもそも必要がないくらい近い距離のためだが、演出が少しシンプルになり過ぎてしまうのでは?という心配も少なからずあった。しかし、その心配には及ばない、“濃度”が濃くなった演奏で魅せていく。
桜井の弾き語りから始まった「名もなき詩」。歌声のわずかな揺れや吐息までがはっきりと聴こえてくる。東京ドームでは桜井が歌い始めると自然と手拍子が起き、それを桜井がここは自分のペースで歌わせて欲しいと止める一幕があったのだが、この日は起きた手拍子が自然と止む。桜井の表情やその場の空気感がすぐに全員に伝わる環境だからこその反応だったように思う。1コーラスを歌とギターだけで聴かせたあとのバンドサウンドも圧巻で、そのギャップがより体感できたのもよかった。

曲の印象は違えど、どちらもピアノの音色が耳に残る「CANDY」、「旅立ちの唄」と続け、桜井が実は自分の曲の歌詞で一番好きだと明かした「ロードムービー」を演奏する。2000年の元日に自分の中に降るようにこの曲が生まれたことで、新しい世紀に歓迎された気がして、とその理由を語っていたが、アルバムの中の1曲で、シングル曲でも、タイアップ曲でもないものを挙げるのが桜井らしい。生まれてから19年以上の時を経ても、シンプルに真っ直ぐに届く、そして当時よりもどこか優しさと温かみが増したような歌に聴き入ってしまう。
生身の人間が放つエネルギーが圧倒

「addiction」からは雰囲気が一転、巨大ビジョンには刺激的な映像が流され、色とりどりの光がステージも客席もなく縦横無尽に放たれる。アグレッシブな演奏に場内の空気もヒートアップして、歌の世界にのめり込んでいく観客は、まさにaddiction=中毒状態。鈴木とサポートキーボードの世武裕子とのドラムとピアノの掛け合いで締めくくると、「Dance Dance Dance」へとつなげる。「さあ行くよ! 沖縄!!」という桜井の掛け声とともに、火花も上がる。ピアノの音も加わり、原曲以上にドラマティックに展開する楽曲に、汗だくになりながら観客たちは手拍子をして踊る。

世武の奏でる浮遊感のあるピアノのインタールードで再び雰囲気が変わり「SUNRISE」へ。ライブも後半を迎える。
「音楽っていう乗り物にここにいるみんなを乗せて、寂しさ悲しさから遠い場所に連れて行きたい。そう願っています」
「Prelude」のイントロに乗せてそんなメッセージも挟みながら、「Tomorrow never knows」、「innocent world」と代表曲たちも披露。どの曲でも観客たちは笑顔で飛んだり跳ねたり踊ったり、大声を上げてみんな一緒になって歌ったり――寂しさや悲しさなど一切ない場所で、楽しさを満喫していた。

ラストは、「みんなが普段、身にまとっているもの、背負い込んでるもの、みんなこの会場に置いていってください。みんなを裸にしたいと思います!」と言って歌われた「海にて、心は裸になりたがる」。メンバーの演奏よりも観客の手拍子が歌を先導しているように聴こえるくらいの、会場が一つになっての歌は、まさにこの日、この会場だからこそ生まれたもの。今回のツアーのセットリストを組んだ時点で、メンバーがこの光景を予想していたのかはわからないが、海がすぐそばにあるこの会場で、心が裸になったメンバーと観客の見せてくれた幸せに満たされた景色は忘れられないものとなった。
“あと1曲”が積み重なって“あと10曲”になる日を

沖縄らしくあちこちから指笛が鳴るなかで繰り返された“アンコール”の声。再びステージに戻ってきたメンバーたちは、「SINGLES」、「Worlds end」と熱のこもった演奏で届ける。そして、桜井はこの日を締めくくるMCで、最近、ニュースを見ていると、有名人や著名人の訃報や病気、引退などがつい目についてしまい、自分たちはいつまでMr.Childrenとして居られるのか考えるようになったと話す。その結果、明日、Mr.Childrenとして居られなくなっても後悔はない。そのくらい自分たちは音楽を届ける上で幸せな状況にいると思っていると言う。だが一方で、これ以上を望むのは欲張りだと思いつつも、「少なくともあと1曲は、ドームをいっぱいにして、その人たちを全員、笑顔にするような曲を作りたいと思っています」と。すぐに「いや、1曲は謙虚だったかな、少なくともあと10曲は(笑)」と付け足していたりもしたけれど、“あと1曲”という思いは謙遜でも何でもなく、心からの願いであることは伝わってきた。最後「皮膚呼吸」で<その音こそ/歪むことない僕の淡く/蒼い/願い>と歌う桜井の姿を見ながら、“あと1曲”が積み重なって“あと10曲”になる日を思い描かせてツアーは幕を閉じた。
Mr.Childrenの今後の予定について、今のところオフィシャルにアナウンスされているものはないが、MCで桜井はこのツアー終了後にロンドンにレコーディングに行くことを話していた。“全員を笑顔にする”、そんな1曲がまた生まれ、またライブという空間で聴けることを願わずにはいられない。
取材・文/瀧本幸恵
※写真は東京ドーム公演のもの
<セットリスト>
1. Your Song
2. Starting Over
3. himawari
4. everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-
5. HANABI
6. Sign
7. 名もなき詩
8. CANDY
9. 旅立ちの唄
10. ロードムービー
11. addiction
12. Dance Dance Dance
13. Monster
14. SUNRISE
15. Tomorrow never knows
16. Prelude
17. innocent world
18. 海にて、心は裸になりたがる
EN1. SINGLES
EN2. World end
EN3. 皮膚呼吸