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今回紹介するのは、現在ネットフリックスにて配信中の『アメリカン・ファクトリー』である。オバマ前大統領夫妻が設立したHigher Ground Productionsが共同制作したことでも知られる、アメリカはオハイオ州デイトンのとある工場を舞台にしたドキュメンタリーだ。
GMの廃工場を買い取ったのは中国企業! 米中の工員によるバトルが始まる
2008年、デイトンにあるゼネラル・モータースの巨大工場が閉鎖された。工場では自動車の部品を製造していたのだが、この工場閉鎖によって1万人もの労働者が仕事を失ってしまう。街には失業者が溢れていたものの、そこに救世主が現れる。2015年、なんと中国に本拠地を置くガラスメーカー「福輝(フーヤオ)」がアメリカ法人を設立。創業者の曹会長も現地入りして、旧GMのデイトン工場を買い取ってフーヤオの工場へと作り変えることが決定したのだ。
かくしてフーヤオ・アメリカは船出したものの、その前途は多難。管理職としてアメリカにやってきた中国人スタッフと、現場で働くアメリカ人労働者の価値観や労働観はズレまくっており、アメリカ人は労働環境に不満タラタラ。一方の中国人管理職は「なんでアメリカ人はあんなに働いてくれないんだ……」と頭を抱え、街の雇用の救世主となるはずだったフーヤオ・アメリカのデイトン工場はトラブルのるつぼと化す。
ちょっとした文化のズレ程度だったらまだしも、労組をめぐるアメリカ人労働者と中国人のバトルが発生し、事態はのっぴきならない状況になっていく。安全性さえ無視して効率化を追求し、以前のGMに比べてロクに賃金も払わないフーヤオに対して声を上げ始めるアメリカ人たち。一方フーヤオ側は「労組回避コンサルタント(そんな仕事があるのをおれはこの映画で初めて知った)」まで雇い、労働者たちの切り崩しを図る。両者のつばぜり合いが激化し解雇者まで出る中、労組結成の是非を問う投票が迫る。
このドキュメンタリー、まずは「フーヤオ・アメリカのデイトン工場」というネタを取材したところで勝ちが決まった感がある。
といっても、なんだか笑ってしまうような事態も続発する。なんせ中国人とアメリカ人なので、お互いの文化に猛烈な違いを抱えている。具体的にいえば、まず中国人にアメリカ人のジョークが全然通じない。しんどい時でもジョークを言って余裕を作るアメリカ人に対し、中国人管理職は「なんで彼らはあんなに無駄口ばかり叩いてるんだ?」と疑問を抱く。「無駄口が多くないか?」と指摘した中国人スタッフにアメリカ人スタッフが「口にガムテープでも貼るしかないね」とジョークで返すと、中国人スタッフが「本当に貼れるのか? 口に?」と大真面目に返す。「え……?」という表情になるアメリカ人スタッフがしっかり映っているのが趣深い。
かと思うと、中国人スタッフをアメリカ人スタッフが家に招いてあげたと自慢するシーンもある。「パーティをやったんだよ」と彼が見せてくるスマホには、二丁拳銃を得意げに構える中国人の写真が。「中国人は銃が所持できないだろ。だから撃たせてやったんだよ」とこともなげに喋るアメリカ人。
アメリカ人管理職が中国に招かれて工場見学するシーンもいい。まず体につける反射板付きの安全帯が小さすぎてアメリカ人にはつけられない。そして一言も喋らず長時間労働に耐え、まるで軍隊のように点呼を取る中国人労働者の昼礼を見て、アメリカ人たちは「マジかよ……!」という表情に。で、アメリカに帰って実際に朝礼をやってみたところ、見事にグダグダで終わるのもとてもいい。本人たちの意思とは無関係に、無理やり異文化交流することになってしまった人たちの悲喜こもごもを、『アメリカン・ファクトリー』はしっかりと映し取っている。
仁義なき労組バトル、そして開いた口が塞がらないオチへ……
しかし、映画は後半でのっぴきならない事態に突っ込んでいく。そもそもフーヤオは中国共産党の支援をガッチリ受けており、本社には毛沢東から習近平に到るまで、歴代の共産党指導者の肖像写真がでかでかと貼ってあるような企業である。そんな会社が好き勝手に権利を主張してくる労働者をうまく管理するのは難しい。実際中国人管理職はあの手この手でアメリカ人を働かせようとするが、どんどん疲弊していく。アメリカ人の副社長も解雇され、現場の雰囲気が悪くなっていくのが如実にわかる。
中国人は労組を組織しようとしたアメリカ人労働者たちの中にスパイを送り込み、労組を潰すために高額の投資を叩き込む。
この労組をめぐるバトルが収束した後、『アメリカン・ファクトリー』にはもう一段とんでもないオチがつくのだが、これはもう是非とも本編を見て確かめてほしい。ほとんど不条理ギャグというか、「そういう風刺かな?」と思ってしまうようなオチを前にして、おれは唸ってしまった。
あのオチは、正味ちっとも対岸の火事ではないのである。というか、そもそも「海外の潰れた工場を中国企業が安く買い取って、現地のスタッフも安く使おうとする」という事態はさほど珍しいものとは思えない。異文化交流的な面白おかしい面もあるにはあるが、もともとは銭金の話である。雇用する方もされる方も必然的にシビアにならざるを得ないわけで、ヌルい結論で終わるわけがない。
というわけで『アメリカン・ファクトリー』は、極めて今日的な経済バトルを綺麗に切り取った一本と言える作品である。そりゃサンダンス映画祭でも褒められるわ……と納得してしまった。「へ~、アメリカは大変なんだな~」と言って済むような内容ではない。日本人にとっても、今見ておくべき映画だと思う。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)