
井上芳雄のラジオ番組から誕生したミュージカル『箱の中のオルゲル』
ミュージカル界きってのプリンス・井上芳雄が「初公開」「新作オリジナル」「初生配信」という「トリプル初めて」のミュージカル『箱の中のオルゲル』を、1月17日に上演した。同ミュージカルは自身がパーソナリティーを務めるTBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」(毎週日曜22:00)から生まれた作品で、すべての音楽と生演奏は番組にもレギュラー出演するピアニストの大貫祐一郎が担当し、作・演出・作詞は安倍康律が手掛けた。
コロナ禍での新たな舞台表現というコンセプトからスタートしたこの試み、カメラワークによる臨場感、映像的な演出など、新な試みの可能性にも大いに期待できるものとなった。

主演はもちろん井上芳雄 お相手に元宝塚雪組トップ女優
ストーリーは「歌う人形」オルゲルを主人公とした愛の物語。主演はもちろん井上芳雄、共演は元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の咲妃みゆなのだが、序盤は井上演じるオルゲルのほぼ一人芝居。物語はオルゴールのなかに閉じ込められた「歌う人形」オルゲルの独り言から始まる。いろんな人に歌声を届けたいのに、誰かが箱を開けてくれない限り暗闇のなかで歌う相手も、話し相手も自分だけ。「昔は箱の中も居心地がよかったけど、今は恨めしいだけ」と、オルゲルは音楽を愛する気持ちや、自分がこの世に生を受けたいきさつを回想しながら歌に乗せて語り出す。
そもそもオルゲルを作ったのはファーベル。愛するアリーセ(演じるのは咲妃みゆ)を喜ばせるために素敵な音楽と、それを奏でるオルゲルを作ったのだ。その音楽を毎日のように楽しみつつ、アリーセはファーベルとともに暖かい家庭を作るのだが、ファーベルは若くしてアリーセを残し天国に召されてしまう。
ファーベル亡きあとも子どもを育てあげ孫にも恵まれ、新しい家族に囲まれたお婆ちゃんとして元気に暮らすアリーセだが、やがてファーベルのもとへ旅立っていく。

その後、オルゲルはアリーセとファーベルの娘の手に渡り、娘の友人の子どもの手に渡り、別の友人の手に渡り、そのうち2人の知らない誰かの手に渡り、やがては高値で引き取られるようにもなっていく。けれども持ち主は変われど、オルゲルは行く先々で出会った人たちに音楽を届け、心に寄り添い続けてきた。
だがいつしか箱を手に取る人はいなくなり、箱を開ける人もいなくなってしまう。そして長い年月、箱を開け手くれる人が現れることを、独り寂しく箱の中で待ち続けるオルゲル……。
と、あらすじを書くと童話を思わせる物語なのだが、そこはやはりミュージカル。音楽を届けたいと願うオルゲルの歌、幸せな日々を歌うファーベルとアリーセのデュエット、愛するファーベルを失ったアリーセが声を震わせ涙ながらに歌う歌、アリーセがこの世を去るときのファーベルによるアリーセに向けた愛の歌、再び箱を開けてもらえたオルゲルの喜びの歌……。当たり前ではあるが、とにかく歌によって物語が何倍にも膨らみ輝きを増している。


演者に寄り添うピアノ、配信ならではのカメラワーク
生演奏による臨場感も印象的だ。演者は多くて2人。生演奏はピアノのみ。というシンプルな構成は、劇場では味わえない近い視点での視聴ということに、とてもいい形でリンクしていたように思う。なにしろ演者が少ないと、細かいところまで演じる人に演奏が寄り添えるというメリットがある。歌や演技の間や、高まる感情によって微妙に強く弱く伸び縮みするボーカルを、演奏がさり気なく細やかに支えていた。だからこそのセッションの妙も数え切れないほどあった。
もちろんそれはカメラワークにも言えることだ。
もともとミュージカルは生の舞台が基本のものではあるが、今回のようなスタイルでの上演になると、オペラグラスを使っても見ることのできなかった細やかな表情まで見ることができる。
その強みを井上が最大限に利用しているところも興味深かった。何人もいるカメラを箱の中の「壁」ととらえて、壁に話しかけたり、壁に不満をぶつけたり、というアドリブを仕掛けて遊んでみせた。
笑い声こそたてなかったカメラマンだが、井上の意図を汲んで、カメラワークで答えているあたりはかなり面白い部分だった。通常であればあるはずの観客からの反応がない、ということを逆手に取った仕掛けは配信ならでは遊びだったと思う。

新たなチャレンジに興奮する演者のアフタートークも配信
時間にして約1時間という長さも、配信で見るにはちょうどいい。劇場と同じように集中することができにくい配信での視聴は、これくらいのボリュームが最適だと思った。物語の世界に浸って、視聴後にほどよく余韻を味わう。印象に残った場面のセリフや歌を思い起こし、場合によってはアーカイブ視聴をし、それによって一度目に見たときには気づけなかった物語の深みを感じることもできた。さらに上演後には出演者と作・演出者によるアフタートークも配信。興奮冷めやらぬままに、それぞれが今回の新たなチャレンジに対する感想を述べている。井上、咲妃は上演中のアクシデントを自ら口にして笑いを誘い、大貫からは曲作りにおけるエピソードが明かされた。
ミュージカルファンはもちろん、この機会にさまざまな人に楽しんでもらいたい『箱の中のオルゲル』。特に、これまでミュージカルはなんとなく敷居が高くて見たことがないという人も、配信でなら楽しみやすいのではないだろうか。

配信概要
井上芳雄 by MYSELF Presents オリジナル配信ミュージカル「箱の中のオルゲル」開催日:2021年1月17日(日)
出演:井上芳雄、咲妃みゆ
作曲・ピアノ:大貫祐一郎
作・演出・作詞:安倍康律
■アーカイブ配信視聴チケット:4,500円(税込)
受付URL:https://eplus.jp/inoueyoshio-bymyself/
配信場所:Streaming+
■販売・視聴期間
・一次販売
販売:~2021年1月24日(日)22:00
視聴:2021年1月17日(日)19:00~1月24日(日)23:59
・二次販売
販売:2021年1月25日(月)0:00~1月31日(日)22:00
視聴:2021年1月25日(月)0:00~1月31日(日)23:59
※一次販売のチケットでは二次期間の視聴不可
番組情報
TBSラジオ『井上芳雄 by MYSELF』
毎週日曜日22:00~22:30
https://www.tbsradio.jp/yoshio/