“気のせい”と言い聞かせるには、あまりにも多くの違和感が重なっていく。
そんな中、私はある「名前」を耳にする。それがすべての始まりだった。
エレベーターで何度か一緒になったあの女性。
すらっとしていて、いつも深いグレーのコートを着ていた。
「こんばんは」と目を合わせずに挨拶するだけの関係だったけれど、なぜか記憶に残っていた。
数日前、管理人室で監視映像を見たあと、私は“あの後ろ姿”が、彼女だったのではないかと思い始めていた。
確認するために、偶然顔を合わせた別の住人に聞いてみた。
「〇〇号室の方って、深いグレーのコートを着てる女性ですよね?」
そう聞いた瞬間、その人は不思議そうに首をかしげてこう言った。
「え? その部屋、今空き家ですよ。半年くらい前から誰も住んでませんけど?」
その言葉に、体の奥から冷たいものが這い上がってきた。