石破茂総理は10日に官邸で開いた自衛官の処遇・勤務環境改善及び新たな生涯設計の確立に関する関係閣僚会議で「自衛官の人材確保は政府あげて取り組むべき至上命題」と関係閣僚に確保努力を求めた。「安全保障環境が厳しさを増す中、防衛力の中核」と位置付けている。
2024年度「一般曹候補生」は陸自4960人の採用計画に2271人しか採用できず、達成率46%。海自1800人採用計画に1065人と59%。空自のみ1400人計画に1384人とほぼ計画通りにできた。
「自衛官候補生」も陸自2890人の計画に1961人、海自800人計画に503人、空自1200人計画に771人といずれも63%~68%の充足率にとどまった。
しかし、安倍政権下で憲法9条(戦争の放棄)の解釈が変更され、集団的自衛権の行使を一部容認するとともに、安保法制制定で自衛官がこれまで以上にリスクを負うことになった状況から採用計画達成が厳しい状況が続いている。
このため防衛省と総務省は全国自治体に対し、2021年に「募集対象者(18歳、22歳)の情報を電子データか紙媒体で提供を」と求める通知を出したが、今年3月7日に改めて全国都道府県知事あてに同様の通知を出し情報提供に協力を求めた。
通知では「募集対象者が年々減少し、自衛官等の募集環境がますます厳しくなっている中、市区町村から提供いただく募集対象者情報は多くの募集対象者に自衛官という職業を知ってもらうための資料送付に活用させていただいております」としている。
「この募集対象者情報の提供に関し『住民基本台帳の一部の写し』を用いることについては、現行でも可能」と断定して呼びかけている。
しかし、18歳、22歳の「氏名・住所・生年月日・性別」という住民の個人情報を、本人の承諾なく、本人が知らないうちに自治体(市区町村)が自衛隊員募集のために提供してよいという「法的根拠は明確になっていない」。
この法的根拠を巡り、本人の承諾なく提供したのは憲法13条(プライバシー権)の侵害にあたり、「違憲」、自治体が定める個人情報保護条例にも「違反」するとして、現在、奈良地裁で係争中だ。
これは奈良市が自衛隊奈良地方協力本部に対し、23年度に行った同年度中に22歳となる者、18歳になる者の個人情報の提供を巡り、当時18歳だった市民が提訴したもので、全国から注視される裁判。
被告代理人は自衛隊法97条1項、自衛隊法施行令120条を根拠に「名簿提供は許される」と主張する。
一方、原告代理人は「奈良市個人情報保護条例では本人の同意なく第3者に『氏名・生年月日・住所・性別』という個人情報を提供することは原則できないと定めており、例外的に提供できるのは『法令等により定めがあるとき』としている。自衛隊法97条1項、自衛隊法施行令120条は『これ(例外規定)にあたらず』名簿提供は許されない」と主張。
自衛隊法97条1項は「自治体の長が募集に関する事務の一部を行う」と定めるのみで募集事務の具体的内容を定めていない。自衛隊法施行令120条は募集期間の告示や応募資格の調査、受験票交付、応募資格調査の委嘱、試験期日・試験会場告示など『広報宣伝』を定めているのみ」で「最高裁は明確な法令の定めがない限り個人4情報を『みだりに公開してはならない』と指摘している」とする。
原告弁護団は「自治体は住民の利益を最大限に守る立場で、住民の方を向いていなければならないのに、国のために個人のプライバシー権を侵害して良いのか。名簿提出は法定範囲外であることは明白」と奈良市の対応について違憲、違法と主張する。
この裁判の5回目の口頭弁論が今月10日にあったが、今後、憲法9条についての研究者2人の意見書も裁判所に提出される。原告弁護団は「奈良市による個人情報の提供、これを利用しての奈良地本の募集案内ハガキ送付行為は憲法13条と奈良市個人情報保護条例に違憲、違反の行為であり、現代における個人情報の重要性と憲法上の価値を踏まえて審理を進めていただきたい」と裁判官に求めた。
判決までにまだまだ時間を要しそうだが、電子データであれ、紙媒体での提供であれ、裁判結果は全国の自治体の行動指針になることは確か。憲法9条(国際紛争解決手段としての戦争の放棄・交戦権の否認)、憲法13条(基本的人権・個人の尊重)、憲法92条(地方自治の基本原則に関する保障)にかかる重要な判決になる。
ただ、判決が出るまで、自治体は募集対象者情報を提供する場合、自衛隊に提供する名簿から自身の個人情報除外を「希望するか」、該当者に丁寧に周知し、数か月間の受付期間を確保し、受付を終えたうえで提供するということが現況、最低限、個人情報を扱う自治体として全国の自治体がすべきことと心得た方が良いだろう。
自衛隊員の募集活動は4月から8月が最も活発化する期間。