【写真】レジェンドたちが集結、新日本プロレスの『旗揚げ50周年記念日』の模様
「昔から大好きだったプロレスの小説を書ける。これって僕にとっては、お金うんぬんの問題じゃないわけですよ。正直、この本を完成させる時間があれば官能小説だったら5~6作は書けていた。じゃあなぜ執筆に取り組むかと言えば、やっぱりそれは若い頃に自分がプロレスに触れて味わった感動をどうしても伝えたかったから。これまで官能小説を200冊以上は出版してきたし、これからも間違いなく書き続けるでしょう。“脱・官能”なんていう気は毛頭ありません。でも、損得勘定じゃ決して割り切れない熱い気持ちが今年55歳になる僕にだってあるんです」
草凪氏がプロレスに出会ったのは小学生時代までさかのぼる。ザ・ファンクス(ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク)VS.ブッチャー&シークの流血戦に熱狂したのが原体験だった。それと同時に規格外の身長を誇るジャイアント馬場の存在感にも度肝を抜かれる。プロレスが持つ見世物小屋的な禍々しさには、有無を言わせぬインパクトがあったという。
「全日本プロレス一辺倒というわけじゃなくて、UWFみたいに頭脳を駆使したプロレスも好きでした。
超世代軍や四天王プロレスの全盛期、草凪氏は20代半ばだった。学生結婚して大学を中退したものの、安月給で不本意な仕事を余儀なくされる毎日。妻が精神疾患で実家に戻ったのもあって、陽当たりゼロの薄暗いアパートの部屋で、未来に絶望していたという。ある日、拾ってきた埃まみれのブラウン管から流れてきたのが超世代軍の無謀ともいえる突貫ファイト。それは暗闇の中でもがき続けていた青年にとって、わずかに見えた希望の光だった。一念発起した草凪氏はシナリオコンクールに応募し、見事に入賞。小説家になる足掛かりを掴んだ。
「今のプロレスですか? あまり熱心ではないですが、まあ見ています。僕はゴツゴツ武骨な四天王プロレスに心酔していたから、心情的に言うと今のキャラクターを重視した新日本プロレスを認めたくはないんです。
今回、プロレスをテーマに執筆することになったのは担当編集者の熱意によるところも大きかったと草凪氏は振り返る。官能小説ならではの特徴としてよく挙げられるのは、プロットを作家と編集者が二人三脚で練り上げるケースが多い点。そうした打ち合わせの中、「正面からプロレスを書いてみよう」と盛り上がったのだという。
「僕の作品はオーソドックな官能スタイルから逸脱して、サスペンスやバイオレンスの要素を入れることも多いんです。でも一方で官能小説は“お約束”の世界でもあるので、どこまで型を崩していいのか編集者と綿密に打ち合わせする必要があるんですね。オリジナリティとポピュラリティのバランスを取るのはエンターテインメントの世界で非常に大切なことですから。竹書房の担当編集の人とは20年近くのつき合いになるし、根っからのマニア体質だから電話したら必ず喫茶店トーク(プロレスについて論じること)に花が咲く。
草凪氏は最大で年間20冊以上、平均でも年間10冊~12冊ほどの単行本を上梓する超売れっ子官能作家だ。しかも、そのほとんどは書き下ろし。そのほかにも新聞や雑誌の連載を数多く抱えている。つまり読者や出版社から「もっと官能小説を書いてほしい」というニーズが絶えないにもかかわらず、新たなジャンルに挑戦することを決意した。しかし、さすがに格闘とエロスではまったくの水と油。無謀な試みにも思えるのだが……。
「意外に官能小説の延長線上で書けた部分も多かったです。アントニオ猪木さんは、よくプロレスの試合を性行為に例えるんですね。プロレスファンは “噛み合った試合” “手の合う相手”といった表現を好んで使いますが、これなんてまさに寝室での行為そのものじゃないですか。プロレスも濡れ場も裸の人間が1対1で向き合うものだから、僕の中では同一線上にあるんですよ」
実際の執筆にあたっては、バトルシーンの描写に全力を注いだ。臨場感溢れる試合展開は読んでいて手に汗を握るほどだが、実はこれも官能小説での経験が活かされているという。通常、官能小説は「普通の物語描写」と「濡れ場描写」の2パートで成立する。
「僕の作品は物語やキャラクターをかなり重視しているので、濡れ場描写が邪魔に感じる局面が出てくるらしいんです。気持ちはわかるんですけど、それはそれで書いているほうしては反省してしまいまして。だから自分が書く際に心掛けているのは、濡れ場が取ってつけたようには感じさせないこと。安っぽいAVみたいにはしたくないし、整合性や必然性がないと物語に感情移入できない。だから“登場人物の生き様を反映させた濡れ場”を書くようにしているんです。プロレスの試合描写もまったく同じですよ。“男たちの生き様を反映させたバトルシーン”にしたつもり。“試合展開”と“全体の物語”と“レスラーのキャラクター”の3つが寄り添っていなくてはいけない」
本作『ラストバトル プロレス哀歌』では、プロレスファンが読めばニヤリとしてしまうような小ネタやオマージュが随所に織り込まれている。プロレスを引退してラーメン屋を営む主人公・川岸幸正のモデルは、おそらく川田利明。10年ぶりにリングに復帰する川岸と対戦する相手のナカタシンジはオカダ・カズチカということで間違いないだろう。そのほかにも「お前、普通にしとけよ」(三沢光晴)、「レスラーは金と女とクルマにしか興味がない」(ターザン山本!)などといったマット界の名言・格言が頻出するのだ。
「好きな人にクスっと笑ってもらいたかったんですよ。物語の根幹とはあまり関係ないかもしれないけど、そういったディティールでキャラクターが伝わりやすくなる側面もありますし。プロレスをテーマに書くんだったら、きちんと細かいところまでやり切らなくちゃいけないというこだわりが自分の中にありまして。だからこそ、通常より時間がかかってしまったんです。だけど書き終わったときは今までになかった充実感とともに、気持ちが若返ったような感覚がありましたね」
プロレスを小説化する際に難しいのは、ブック(あらかじめ決められた試合の展開)やアングル(軍団抗争などのストーリーライン)といったデリケートな“隠し事”が存在することだろう。『ラストバトル プロレス哀歌』では、かなり踏み込んでこれらの仕組みについて描写している。それによって単純な勝負論だけでなく、物語に深みが生まれてくるのだ。
「今でも新日本プロレスはWWEのようにカミングアウトしていないし、それはプロレス専門誌だって同じ。でもミスター高橋さんの本や別冊宝島が出ていて、ケーフェイ(プロレス業界内部での秘密)が一般にも知れ渡っている以上、そこを隠すのは逆に不自然じゃないですか。僕自身の考えを言うと、“アングルがあって何が悪いの?”という立場なんです。松村友視さんが『私、プロレスの味方です』で“プロレス=演劇論”を展開しましたよね。だけど厳密には演劇の中にも戦いはある。
最後に草凪氏は「僕の官能小説やプロレスが好きな人はもちろん、今回は老若男女に読んでほしい」としながら、作品に込めた熱い想いを吐露した。
「この本で伝えたかったのは、結果よりも大事なのは挑戦する姿勢だということ。それを僕はプロレスから学んだんです。青臭いかもしれないけど、これは人生の真理だと思いますよ。生きるというのは、ずっと戦い続けることなんです。歳を取ると日常生活に埋没しがちですけど、いくつになっても挑む心は忘れちゃいけないなって僕も自分に言い聞かせています。これまで僕は作品の中で“女の色気”を書き続けてきましたが、今回は“男の色気”を全力で書いた。これからも死ぬまで挑戦し続けていきたいですね」
▽くさなぎ・ゆう◎1967年、東京都生まれ。日本大学芸術学部中退。シナリオライターを経て、2004年に官能小説家としてデビュー。05年『桃色リクルートガール』、10年『どうしようもない恋の唄』で「この官能小説がすごい!」大賞を受賞。官能小説界のトップに上り詰める。近年はハードボイルド小説、サスペンス小説の分野へも進出し、『黒闇』(15年)、『悪の血』(20年)など注目作を次々と発表している。
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