さかなクンの自叙伝「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」(講談社)を元に、ちょっと変わった伝記映画が誕生した。私たちが知っているさかなクンであり、ちょっと違ったさかなクンでもある。
そんな実話とフィクションが交じり合った、寓話としてのおもしろさとサクセスストーリーが共存する『さかなのこ』が9月1日(木)から公開される。

【写真】さかなクンを演じる主演ののん、さかなクンも出演、映画場面カット【12点】

『横道世之介』(2013)の沖田修一と前田司郎による9年ぶりの共同脚本が再実現。出演者には、磯村勇人(『ビリーバーズ』『異動辞令は音楽隊!』)や岡山天音(『百花』『沈黙のパレード』)、柳楽優弥(『浅草キッド』『太陽の子』)といった若手実力派俳優が集結している点にも注目してもらいたいのだが、やはり注目してもらいたいのは主演女優だ。

主人公のさかなクンことミー坊を演じるのは、YouTube Originals映画『おちをつけなんせ』(2019)に続き『Ribbon』(2022)では劇場用映画の監督デビューも果たすなど、制作者としての才能を発揮する一方で、新作映画『天間荘の三姉妹』も公開が10月28日に控えている、女優のんである。

誰がさかなクンの役を女性が演じると思っただろうか……。

しかし、今作の冒頭には「男か女かはどっちでもいい」という言葉がデカデカと映し出されるように、「好き」を追及する者であれば、性別など関係ないというメッセージなのだ。
それに加えて単純にさかなクンにどこか似ていたという理由もある。

中学3年生の頃にカブトガニの人工孵化に成功していたことや、寿司屋の壁一面に魚の絵を描いたことで注目が集まったなど、実際のエピソードもいくつか描かれていながらも、さかなクンの父親がプロの囲碁棋士でなかったり、ギョギョおじさんという人物が登場したり(ちなみにこのキャラクターをさかなクン本人が演じている)と、創作部分も多かったりする。

その中でも今作が事実と大きく異なる点は、『TVチャンピオン』という番組が存在していないことだ。さかなクンといえば、高校3年生のときに『TVチャンピオン』に出場したことがきっかけで世間に知られるようになったことが、今のキャリアを左右する分岐点だったはずだが、今作には、そんな『TVチャンピオン』が存在していない。もちろんそのワードを使うことができないのは理解しているが、それに通じる番組自体が登場しないのだ。

つまり、さかなクンが、もしも『TVチャンピオン』に出場していなかったら、そもそもそんな番組が存在していなかったら……という、もしもの世界を描いているのだ。


これはさかなクンに限ったことではない、例えば「好き」を活かした職業についている、そんな人が、あの学校に行っていなかったら、あの会社に入っていなかったら、あの人と出会っていなかったら……。同じように「好き」を活かせていただろうか。ということだ。

これはアーティストやスポーツ選手であれば、より実感できるかもしれないが、普通の人であっても分岐点というのは、人生の中で何度も訪れている。さかなクンはそんな分岐点が少し違っていたとしても、今のさかなクンのように「好き」を活かすことができていたということ。少しぐらい回り道したって、少しぐらい環境が違ったって、さかなクンはさかなクンになる運命だったのだ。


そして自分に置き換えてみたときに、違った道を歩んできたとしても、今の自分になっていただろうか……。そんなことを改めて考えてみる、そんなきっかけを作ってくれる映画だといえるだろう。

【ストーリー】
お魚が大好きな小学生“ミー坊”は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。お魚を、毎日見つめて、毎日描いて、毎日食べて。他の子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、母親はそんなミー坊を温かく見守り、心配するよりもむしろその背中を押し続けるのだった。高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、町の不良ともなぜか仲良し、まるで何かの主人公のようにいつの間にか中心にいる。
やがて1人暮らしを始めたミー坊は、思いがけない出会いや再会の中で、たくさんの人に愛されながら、ミー坊だけが進むことのできるただ一つの道にまっすぐに飛び込んで行く……。

【作品情報】
主演:のん 柳楽優弥 夏帆 磯村勇斗 岡山天音 三宅弘城 井川 遥
原作:さかなクン「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」(講談社刊)
監督・脚本:沖田修一
脚本:前田司郎
音楽:パスカルズ
製作:『さかなのこ』製作委員会
制作・配給:東京テアトル
宣伝:ヨアケ
9月1日(木)よりTOHOシネマズ 日比谷 ほかにて全国ロードショー

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